『学び合い』は方法ではなく考え方だが”形”はあると思う

同じ連携校に行っている西川研究室のゼミ生も、連携校の先生の依頼で『学び合い』の授業をはじめました。

 

そのゼミ生の授業を見に行ったんですが、ネームプレートも使わない、答えの存在も知らせないと色々考えながら『学び合い』をしていました。

 

どうやら去年もそのクラスのことは見ていたようで、今更ネームプレートを使ったりしたところでクラスの現状は変わらないと思ったと、そのような形で行ったそうです。

 

「『学び合い』は方法じゃなくて考え方である」ってよく言われますけど、そういう事ですよね。

 

 

 

僕はと言うと、はじめと最後の5分はしっかりめに語り、ネームプレートを使って全員達成を求め、授業中は生徒の良い所、課題を声かけによって可視化して言ったりと、超セオリー通りの『学び合い』をしています。

 

自分は西川研究室2年目になりますが、去年は連携校では先生の要望で先生がやる『学び合い』をTTという形で支援したりするぐらいでした。

 

飛び込み授業でも、誰かがやっているのを見ていただけ。

 

3月の飛び込み授業は自分がやる予定でしたが、コロナの影響で中止。

 

 

 

つまり何が言いたいかと言うと

 

実は、今やらせていただいている『学び合い』が、自分がちゃんとする初めての『学び合い』だということです。

 

 

 

だから、ゼミ生がやっているような、クラスの現状を見て方法を変えるという事はできない。

 

でも、それでいいと思っています。

 

『学び合い』は方法ではなくて考え方ではあると思うんですが、

資質・能力を最大限に引き出す! 『学び合い』の手引き ルーツ&考え方編 | 西川 純 |本 | 通販 | Amazonに書いてあることはいわば"形"だと思ってます。

 

”かたち”ではなく”かた”ですよ。

 

空手とかのやつです。

 

 

 

武道でも心が大事だと言われますが、まず最初は形を教えられると思います。

 

それができるようになってだんだんと自分のスタイルや闘い方を確立していく。

 

 

 

『学び合い』もそういうものではないでしょうか?

 

 

 

『学び合い』に方法はありませんが、形はあると思ってます。

 

自分が今やっているのは形を身に付けているところで、「守・破・離」の”守”の段階です。

 

もちろん、守の時点で満足してしまえば僕の成長はそこで止まってしまうわけですが、確実に『学び合い』の心と形を身に付けてから、破る、そして離れる段階に行こうと思います。

 

 

 

自分も、生徒も長期的な目線で、一緒に成長していければなと思います。

 

 

 

連携校での支援は時間が限られているので、そうは言っていられないというのも事実ですが。

 

 

 

再来週からは、免許も持っていない、『学び合い』の授業もほぼ見たことがないゼミ生が早くも『学び合い』の授業をするそうです。

 

彼女がどんな『学び合い』をするのか、今からちょっと楽しみです。