先生方からのクラスの情報はそのまま彼らにフィードバックするべき

「先生のクラスは真面目な子が多くて授業しやすいです!」

 

とか、そういったことを授業担当の先生に言って頂くことがあります。

 

 

自分のクラスのことが褒められるのって嬉しいですよね。

 

 

でも、僕が嬉しいだけなのは教育としては意味がなくて

 

そうやって褒めていただいたことはクラスに還元するようにしています。

 

 

自分で補習を頼みに来た生徒がいた

 

欠席、遅刻が少ない

 

◯◯君がこんなことしてくれた

 

 

こういったことを僕に言って頂けるということはそれは先生方の本音であって

 

クラスとしてそうやって見てもらえるということが伝わって、それが彼らのモチベーションになればいいなと思っています。

 

 

逆に

 

「◯◯君、進級できるか心配やわぁ」

 

「元気があるのはいいけどちょっとうるさいときあるなぁ」

 

というこご指摘ももちろんいただきます。

 

 

それも、同じように彼らに伝えます。

 

 

いいことも悪いことも、それを聞いた彼らがどう動くかは彼ら次第。

 

 

いい情報が増えればそれは彼らにとってメリットにもなるし

 

悪いことが増えるとそれは彼らのデメリットにもなる。

 

 

人間として、集団として動くに当たってやっぱり印象ってのはものすごく大事で

 

それによって直接平常点が高くなる可能性だってあるわけやし

 

何か困ったときに丁寧に対応してくれやすくなったりもする。

 

 

学校生活をきっちり送ることは先生方に媚を売るってことじゃなくて

 

それによって自分にメリットがあるんですよってことを彼らに伝え続けていこうと思います。

下校時刻に関する違和感を教頭に直接言ってみた

今日の職員朝礼で

 

「保護者から、帰りが遅いという電話が入ったので、テスト期間ということもありますし、暗くなるのも早くなって参りましたので、早めに下校させるようよろしくお願いします。」

 

と連絡がありました。

 

 

テニス部は、テスト期間はテスト勉強がしたい人だけ残る、勉強する人も18時には帰るといったやり方をしています。

 

 

しかし、何もない平日だと、自主練をするといって平気で21時以降まで残ってたりします。

 

 

もちろん、顧問である僕は彼らが下校するまでは残っていないといけない。

 

 

テニス部として男子と合わせて「◯時までには門を出ましょう」といったやり方も考えたのですが

 

「他の部活は残ってるのに」

「先生らが早く帰りたいだけやん」

 

と言われるのは目に見えています。

 

 

そうなると、指導がし辛くなってしまいます。

 

 

いっそのこと、学校として生徒の完全下校の時間を決めてくれればやりやすくなるのに、、、

 

 

元々そう思っていたのですが、今回の件で改めてそう感じたので、直接管理職に相談してみました。

 

 

話をしてみると、管理職の先生も学校の問題として感じてはったそうで、

 

「そこは、学校としてもちゃんと線引きが必要なところだとオレも思ってました。とりあえずは、管理職に言われたからと言ってもらってもいいから、先生もせめて18時30分には帰れるようにしてくださいね」

 

と言われました。

 

 

ここから、この件がどのように変わっていくのかは分かりませんが、

 

「困っている教員がいる」

 

と意思表示だけでもする必要があったかなと思い、思いきって話をしてみました。

 

 

もうちょっと年数が経ってから言おうかなとも思っていたのですが、

 

この文化にちゃんと違和感を感じられている今しかきっと言えないだろうなとも感じました。

 

 

この件だけでなく、学校現場では違和感を感じることがたくさんありますので、その違和感を持ち続けること、できれば発信することをこれからも続けていこうと思います。

テスト期間に入っても勉強しない生徒を動かす可能性があるのは

テスト期間に入りました。

 

 

テスト期間に急に勉強しだす生徒っていますよね。

 

 

普段はサボったり寝ていたりする生徒も、この期間だけは一生懸命授業を受けることがあります。

 

 

その生徒って、テストで点数を取ることが自分にとって得だということ、またテストで点を取れないと自分にとって損だという事を理解できている子だと思うんですよね。

 

 

教員からの印象はあんまりよくないにしても、自分にとっての損得をきっちり判断して行動できるという意味では賢いなぁと思います。

 

 

テスト期間になっても全く勉強できない、しない生徒もいます。

 

 

問題なのはこっちの生徒で、点数を取れなかったら自分にとってどんな不利益になるのかが理解できていない。

 

 

進級できるかどうかギリギリの生徒だっているのに、きっとそういう子に限って「まぁきっと何とかなるっしょ」って思ってる。

 

 

なんとかならないから、教員である僕らは彼らに声をかけるのですが、もちろん僕らから彼らに何を言ってもきっと無駄。

 

 

高校生にもなってそうなってしまっている子にはきっと歴代の小学校、中学校の先生に同じように声をかけられているけど、効果が無かった生徒。

 

 

その中には僕よりはるかに優秀な先生方はたくさんいたはずなのに。

 

 

じゃあどうやったら彼らが勉強してくれるようになるのか。

 

 

少なくとも、教員が彼らに声をかけるというアプローチとは違ったアプローチをとる必要がありますよね。

 

 

友だちが「進級できんくなるで!」と声をかけるとか、「一緒に勉強しよう」と声をかけるとか。

 

 

もちろん、僕だってそんな生徒にも頑張ってほしいと思ってるけど、冷静に考えて僕にそんな力があるとはなかなか考えづらい。

 

 

それよりも、仲間同士、集団の中での可能性にかけた方が確率高いと思うんですよね。

 

 

個人個人に声をかける事ももちろんしていきますが、集団としてみんなでいい点が取れるといいよねって声掛けを続けていこうと思います。

現場では『学び合い』という言葉を全く使わなくとも

先日、上越『学び合い』の会に参加しました。

 

 

結構久しぶりの参加だったので、初めて見る先生の顔もちらほらありました。

 

 

その一方で、いつも見ている参加者の顔もちらほら。

 

 

懐かしいなぁという感情が湧きました。

 

 

また、話の間所々で飛び出す『学び合い』という言葉。

 

 

そういえば、『学び合い』という言葉を使わなくなったなぁとそこではじめて気づきました。

 

 

神戸に来てから周りに『学び合い』という言葉を使っている先生はいらっしゃいませんし、

 

そのほとんどの先生は『学び合い』という言葉すら知らないと思います。

 

 

そんな環境で『学び合い』という言葉を使ってもきっと「あぁ、この若い子はなんか新しい事をしようとしてるんだなぁ」とぐらいしか思ってもらえないと思いますし

 

僕の授業を見て、いい印象を持つ先生が多いかと言われれば正直そうではない気がします。

 

 

生徒には『学び合い』という言葉を使わずに、自分がなぜこのような授業をしているのかは繰り返し語っていますが、

 

同僚の先生には一切語っていません。

 

 

テストで結果が出ているか、と言われれば、僕が授業をしていないクラスと同じような結果なので別に出ているとも出ていないとも言えません。

 

 

それはきっと、授業者である僕が全員達成を求めきれていなかったり、どこかで見取りを妥協してしまっている証拠だとは思うのですが、

 

結果が出るまではきっと『学び合い』という言葉で自分の授業を紹介することは無いでしょう。

 

 

唯一結果が出ているとすれば、学級経営ぐらいですかね。

 

 

「先生のクラスは欠席がすくないねぇ」と他の先生方から言っていただくことが多いのですが

 

他のクラスに比べて確かに欠席が少ない気がします。

 

 

遅刻も欠席も0の日もたまにでます。

 

 

それはきっと彼らが居心地のいい空間を作れている結果だと思います。

 

 

もちろん、問題が0という訳ではありませんが、小さな問題は彼らが成長するにあたって必要な事。

 

 

そんな小さな困難を彼らの力で1つずつ乗り越えることで、社会でも生き残っていける人間に成長する。

 

 

学校で『学び合い』という言葉は全く使いませんが、僕の教育観として心に『学び合い』が染み込んでいますので、そうやって成長した生徒が来年度クラス替えをした時にそれぞれのクラスで活躍してくれることを祈っています。

 

 

余裕があるときに、どっかで生徒にだけ『学び合い』の本質を伝えてみようかな。

学校行事で深めてほしいのはクラスの「団結力」ではなくて

文化祭が終わり、今日からまた普通の学校生活が始まりました。

 

 

生徒は意外と文化祭ムードから切り替えられている生徒は多く(とはいえ、今日は遅刻と欠席が多かったですが、、、)

 

あまり気にせず授業をすることができました。

 

 

文化祭を通してクラスとして団結力とかそういったものが高まったかと言われると、微妙なところです。

 

 

1年生のダンス発表会もありましたが、僕は「みんなが楽しめるように」という所以外は生徒に全て任せていたので

 

「他のクラスよりもいいダンスをするんだ!」という熱を帯びていることもなく

 

どうしても踊りたくない生徒は裏方に回り

 

それぞれの生徒がそれぞれの楽しみ方をしました。

 

 

大切なのは、クラスとして団結力を高めるというよりも、

 

それぞれの生徒が折り合いをつけながら1つのものを作り上げる過程を経験して

 

みんながある程度満足できるような形にすることができたかというところだと僕は考えています。

 

 

そこを考えると、クラスTシャツの色とかでちょっと揉めたりもしましたが、彼らはクリアできたんじゃないかなと思います。

 

 

そうやって一人ひとりが集団で生き残っていくための折り合いの付け方とか楽しみ方とかを身に付けることで

 

社会に出てもある程度の人間関係を結ぶことができるようになってほしいなと願っています。

 

 

学校行事に限らず、普段の学校生活でも彼らには繰り返しそれを語り、社会に出たときにも苦労しないような生き方ができるような人になってほしいなと思います。

久々にゆっくりできた日曜日

文化祭の翌日。

 

 

昨日、奥さんの学校も運動会で奥さんはへとへと。

 

 

今日は繁華街へ昼から飲みに行く予定だったので、その予定どおり昼から繁華街へ駆け出しました。

 

 

いったことがないお店ばかりいき、入るのに少々勇気も必要でしたが、いってよかったなぁと思いました。

 

 

特に、立ち飲みのお店は店主さんがいい方で、他のお客さんとの距離も近い。

 

 

非常にアットホームな雰囲気で、お酒が進んでしまいました。

 

 

また行きたいなぁと思えるお店でした。

 

 

そういえば、お昼からこうやって奥さんと飲みに来ることもなかなかないなぁ、、、。

 

 

部活があったり仕事があったりと、教員は休みの日も何かと忙しいですが

 

こうしてお互いに休みが合ったときはきょうのようにお酒でも飲みながらゆっくり過ごしたいなぁと思います。

 

 

学校行事も終わって、次に大切になってくるのは中間テスト。

 

 

僕が初めてつくる数学のテストです。

 

 

いろんな不安はありますが、今日はしっかりと充電できたので来週からも頑張っていこうと思います。

人によって様々な文化祭の意味

今日は文化祭がありました。

 

 

僕らは教員は文化祭中何をするかというと、

 

割り当てられている警備場所にいってうろうろしたり

 

生徒と写真を撮ったり

 

フランクフルトを食べたりと

 

特に何もしていません。

 

 

しかし、生徒が側は色々あるようで

 

ひたすら誰かと写真を撮っている人

 

友達のステージを見て楽しむ人

 

好きな人と写真を撮ってずっと受かれている人

 

色んな生徒がいて話をしていて楽しかったです。

 

 

彼らを見ていると、やっぱ高校生ってたのしそうやなぁって。

 

 

僕の母校でも文化祭はあってし、僕もある程度は高校生活を楽しみました。

 

 

しかし、県外の高校で寮生活をし、ひたすら野球をしていた日々。

 

 

彼らのように、放課後に友達と遊びに行ったりだとか、行事を全力で過ごしたりだとか

 

そういったことはあんまりなかったなぁと感じます。

 

 

昨日の投稿でも「今しかできないことに全力を尽くすべきやで!」ということを書きましたが

 

まさに彼らはそれを実行していて、僕は既にそれができる年齢ではなくなっています。

 

 

そう思うと、彼らのことを羨ましいなぁと感じます。

 

 

かといって、自分の高校生活に全く悔いはないんですけどね。

 

 

人生はひとつしか選べない。

 

 

僕は、野球をする道を選んだ。

 

 

どんな形であっても、後悔の無い人生を歩みたいですね。

 

 

そのためにも、1日1日を全力で過ごさないとですね。