彼らを信頼するということ

僕は、生徒に色んなことを任せています。

 

 

授業中も、彼ら同士の力であれば、課題が解決できると信じて

 

授業のほとんどの時間を自由に勉強してもらっています。

 

 

彼らは、思い思いに勉強します。

 

 

一人でもくもくとやる生徒、友達とわいわいする生徒、動画をみながら勉強する生徒など

 

その取り組み方は多様です。

 

 

しかし、自由にさせているとやっぱり遊んでしまう子がでてきます。

 

 

でも、そういったことをする子がでてくることも分かっています。

 

 

昨日も言った通り、ここで怒ったとしても、僕の見えないところで違うことをする子がでてきてしまう。

 

 

そこは、僕と彼らの信頼関係、もしくは生徒集団と僕との信頼関係によっておおきく変わると思います。

 

 

生徒には、今日書いてあること、昨日書いたことのような内容を素直に伝えています。

 

 

今日は、僕と彼らの信頼関係について話をしました。

 

 

自分は一人しかいないし、目の届かないところがあるのも分かってる。

 

 

その上で自分は、みんなを信じて自由に勉強してもらってる。

 

 

でも、最近はだんだんと信頼できなくなってきてしまってる。

 

 

みんなの勉強が進んでるか、というよりは、

 

いらんことをしていないかという目でみんなをみてしまってる。

 

 

そんな授業はしたくないし、みんなを疑ってる自分もいやや。

 

 

それでも自分は、みんなを信頼して授業がしたいと思ってる。

 

 

だから、いい授業ができるうにみんなで協力して欲しい。

 

 

そんなことを今日は話をしました。

 

 

すると、明らかに彼らの勉強の姿勢がよくなりました。

 

 

やっぱり僕は彼らを信じて授業がしたい。

それでも信頼ベースの教育がしたい

できるだけ、生徒を信頼して教育がしたいなと思っています。

 

 

ルールを守ることについて、勉強について、部活についてなどなど

 

この子達に任せていれば大丈夫と

 

そうやって教育をしたいと考えています。

 

 

いやぁ、自分でもきれいごとやなぁと思うこともありますけどね。

 

 

そもそも性格上あんまり生徒に怒ることもない上に、生徒を信頼した上で教育がしたい

 

こんなこと言ってるから、生徒からなめられるんやろって思う人もいますよね。

 

 

でも、僕が怒って彼らに規範意識を持たせたところで、きっと彼らは僕の目の届かないところでらなにをしているか分からないわけで

 

「先生に怒られるから」なんて教育は本当はよくないはずなんです。

 

 

それよりも、僕がいようがいなかろうが、彼ら自身が規範意識を持って、彼ら自身がルールを守って行動できるようにしていかないと

 

結局社会に出てから彼ら自身が苦しんでしまいます。

 

 

バレなきゃいいとかそういうことじゃなくて、守ることが普通なんだというのが、その集団のスタンダードになるように教育していかないといけないんです。

 

 

だから、僕は彼らを信頼し続けて、今年度は教育をしてきました。

 

 

現状どうなっているのか。

 

 

裏切られまくっています。

 

 

正直辛いです。

 

 

なんなら、自分がちょっと彼らを信頼できなくなっていっているのを感じます。

 

 

それでも、やっぱり僕は彼らの将来のために信頼をベースとした教育がしたい。

 

関西満喫の週末

昨日、神戸南京町の、春節祭

 

今日は、石川から用事があってきた友達とユニバに行きました。

 

 

南京町春節祭は意外と行ったことがなくて、高校生や地元チームの方々がする獅子や竜舞は壮絶で

 

それ以外にも、中国の秘技変面、フラフープ、高所や不安定な場所での倒立のパフォーマンスなどもありました。

 

 

南京町の有名店YUNYUNで名物のビーフンや小籠包を食べ、中国の文化を堪能することができました。

 

 

そして、今日はユニバ。

 

 

大学生の時に行って以来なので、5年ぶりとかになるんかな、、、

 

 

ハリウッドドリームやフライングダイナソーなどの絶叫マシンを堪能し

 

念願だったスーパーニンテンドーワールドでマリオの世界観も味わうことができました。

 

 

僕が神戸にいたのは中学校の時までで、

 

こっちに帰ってきてからも意外と地元の観光ってしないので

 

こうやって関西をしっかりと満喫するのってなんか新鮮でした。

 

 

他の地域に住んでみたからこそ関西に帰ってきてみて、やっぱ楽しいし住みやすいところやなぁと感じることができます。

 

 

交通の便なんて特にそうですよね。

 

 

時刻表を見なくてもなんとなく駅に行ったら電車は来てくれるし

 

一年中自転車にも乗れますしね。

 

 

石川の友達も言っていましたが、北陸は今大雪で自転車になんて乗れませんし、、、

 

 

まだまだ関西のことを僕は知らないので、たまにはこうしてしっかり満喫する日があってもいいなぁと感じました。

 

 

次は奥さんとどこかいけたらいいな。、

そりゃ嫌われたくはない

僕が、『学び合い』のことをあまり同僚に話ができない理由として

 

嫌われたくない

 

ってのがあります。

 

 

そりゃそうですよね。

 

 

もちろん、『学び合い』はもっと広がればいいと思ってるし

 

『学び合い』について色んな人と話ができればいいなぁと思います。

 

 

ただ、現場の現状を考えると、まだまだ学力は正義やし、学力をあげられる先生はいい先生やし、生徒に言うことを聞かせることができる先生はカリスマと呼ばれます。

 

 

言うまでもなく僕はそれは目指してません。

 

 

社会で通用するような人とうまくやっていく力を身に付けてほしい、社会で辛くなったときに助けてくれる仲間をつくって欲しい、自分で何が得で何が損かを考えらて行動できるような人になって欲しい

 

 

だから、本当は学力どうこうは二の次です。

 

 

とはいえ、結果を出さないと認められないのが社会なので、学力という副産物をしっかりと生み出すことも僕の仕事なんですが。

 

 

だから、僕はカリスマ教師なんかではなく、生徒同士が関わり合えるように背中を押したり、うまく行っているのであれば存在を消したりできるような風のような教員になりたいです。

 

 

こういった話をして分かってくれる方はたくさんいると思うのですが、なんせ敵は増やしたくない、嫌われたくない。

 

 

大ベストセラー書籍の『嫌われる勇気』も何回か読みましたが、まぁそんな勇気はないです。

 

 

職場でも嫌われずに楽しくやっていきたいし、生徒からも嫌われ役の生徒指導なんかより、どちらかといえばゆるーい系で生徒とわいわい過ごす系の先生になりたい。

 

 

だから、大きなリスクは負わず、「機会があれば話してみよう」程度にこれからもやっていこうと思っています。

“人格の完成”に向かえているのか?

学校では、本当に多くのことを学びます。

 

 

サ行変格活用、二倍角の公式、三権分立、ボイルシャルルの法則、まつり縫い、開脚前転、、、

 

 

極論を言ってしまえば、これらを将来使う可能性って5%もないと思います。

 

 

それらを学ぶ理由として、例えば数学やったら「論理的思考力を育む」等とされていますが、それやったら数学じゃなくてもいいやん、と思うこともあります。

 

 

数学の教員なそんなこと言っていいのか、と思われるとは思うのですが。

 

 

確かに、問題で与えられている情報と、自分が持っている公式を駆使して答えを導き出すのが数学なので、まさに論理的な思考を使ってはいるのですが

 

実は、知識は文脈依存的、つまり数学で身に付く論理的な思考力は数学でしか使えないことが研究によって明らかにされています。

 

 

多くの人は数学は受験や学校のテストでしか使わないので、その為だけの論理的思考力を育んでることになります。

 

 

それでいいのか学校、、、

 

 

学校ってなんであるのか?というところにフォーカスを当てると、ズバリ教育基本法に「人格の完成」とかかれてあります。

 

 

じゃあ、人格の完成ってなんやねん?ってことになると思うのですが、文科相のホームページには

 

「人格の完成」: 個人の価値と尊厳との認識に基づき、人間の具えるあらゆる能力を、できる限り、しかも調和的に発展せしめること(「教育基本法制定の要旨」昭和22年文部省訓令)。

 

と書かれてありました。

 

 

難しい言葉が並んでますが、

 

「人間としての能力を伸ばしていきましょうね」

 

ってことですよね。

 

 

人間としての能力の中に、きっと論理的思考力も含まれているとは思うのですが

 

本当に必要な論理的思考力は数学で発揮するものではなくて、人生において発揮できるもの、社会で通用するものだと思います。

 

 

そもそも、計算したり漢字に変換したりなにかを検索したりというのは、人間は機械に勝つ術はないです。

 

 

そんな時代では、人間が“だけが”具える能力を育てていかないといけない。

 

 

例えば、人に共感する能力なんかは機械にはないし、他にも人に気を遣うとか、困っている人を助けることとか、、、

 

 

人と人とが関わることによって生み出されるものは機械には生み出すことはできません。

 

 

それこそ、ぼくら教員が生徒に育ませなければいけない能力だと思います。

 

 

それを、授業の中で育む方法

 

それが『学び合い』だと僕は信じています。

改革が先か、教育が回らなくなるのが先か

今日は大雪で、警報にはならなかったものの神戸は交通機関が麻痺。

 

 

生徒の安全を考慮し、臨時休校となりました。

 

 

とはいえ、僕らは出勤するんですけどね、、、。

 

 

部活もなにも無いため、昼で時間給を頂いて帰ろうとは思ってたのですが

 

同僚の先輩に昼食とサウナに誘われたので、行ってきました。

 

 

そのうちのお一人は、最近ご結婚された方で、お相手は中学校の先生と、僕と境遇がだいぶ似た方でした。

 

 

結婚生活のこと、これから先のこと、色々話をさせていただきました。

 

 

中でもいちばん話題に上がったのが、

 

奥さんは帰ってくるのが自分よりも遅いことが多いということでした。

 

 

僕ら高校の教員、というか今の職場は部活があるとはいえ、やることをやっていれば定時で上がろうがなにも文句を言われない職場です。

 

 

一番ありがたいのは、定時で帰る先生がたくさんいるということ。

 

 

先輩先生が早く帰ってくれるから、僕ら若手も躊躇無く早く帰ることができるんですよね。

 

 

一方、小学校や中学校の先生は、義務教育とはいえやはり仕事量が多い職場です(職場にもよるとは思うのですが、、、)。

 

 

部活があるぼくらより帰りが遅いのが当たり前だし、帰ってきてから家で仕事をする姿を見るのも少なくありません。

 

 

奥さんと僕はほぼ同職なので、奥さんの帰りが遅いことももちろん理解しています。

 

 

なんなら奥さんは、新潟から神戸という慣れない土地で小学校教員という多忙な仕事をしているため、精神的にも僕よりも疲労がたまりやすいはずです。

 

 

そんな奥さんを、「いつもすごいなぁ」と思いながら、先に帰った僕は晩御飯を作って奥さんの帰りを待っています。

 

 

その一方で、やはり帰ってくるのが遅いことが多いことに寂しさを感じないといえばそれは嘘になります。

 

 

その先輩先生も同じことを思っていて、なんならストレスを感じているということもおっしゃってました。

 

 

その先生の奥さんは、僕の奥さんよりも帰りが遅いそうで、2日連続オールで仕事をする、なんてことも、、、

 

 

さっきも書いた通り、奥さんの職場のことももちろん理解してるし、悪いのは職場の働き方のシステムで奥さんが悪くないこともわかってるし

 

かといって奥さんがそのシステムを変えることもできないし。

 

 

そんな行き場の無いストレスが辛いとその方はおっしゃってました。

 

 

その方に比べたら、僕の奥さんは早く帰ってきてくれてるし、そもそも僕があまりストレスを感じない人間なのでそこまでは思わないのですが

 

気持ちはわかるなぁ、、、とその先生の話に聞き入ってしまいました。

 

 

そもそも、僕の父や母が家に帰ってきて仕事をしているのなんて見たことがない。

 

 

それほど、教員という仕事の働き方は異常なんです。

 

 

でも、きっとどうにもならんのやろうな。

 

 

僕の周りの若手の先生で「いつまで教員やろうかな、、、」と言っている人も少なくない。

 

 

職場の改革が先か、教員不足で教育が回らなくなるのが先か。

 

 

あ、もちろんこんな暗い話ばっかではなかったですよ、メチャクチャ楽しかったですよ、サウナからの大雪の中での外気浴。

 

 

また行きたいなぁ。

楽しむときは楽しむ、やるときはやる

最近、クラスの生徒がルールを少しずつ守らなくなったり、時間を守れなくなったりしていることが気になります。

 

 

僕の彼らへのいちばんの願いは、学校を楽しんで欲しいということ。

 

 

その上で、「やるときはしっかりやろうな」と話をして来たつもりですが

 

ここにきてそれができなくなってしまっています。

 

 

一人一人が注意すれば済む話なのかもしれませんが

 

それよりも、それを許しているクラスの雰囲気の方が気になります。

 

 

自分はやってるからいいや

 

みんなやってるからいいやん

 

そうやってクラスはだんだん悪い方へ向かっていきます。

 

 

僕の指導不足によるところがもちろんおおきいのですが

 

彼らには、楽しむことは楽しむ、やるときはやるということができる人になって欲しいと願っています。

 

 

それを踏まえて、明日の朝もう一度彼らには話をしてみようかなと思います。

 

 

3学期もあともう少し。

 

 

最後までこのクラスで楽しく過ごせたらいいな。