明日の自分へ

高校教員です。朝か夕方に、ほぼ毎日なにか書きます。

仕事仲間から“友達へ”

考査期間、自分の教科の考査はまだで採点もできないため、早めに学校を出てゆっくりしました。

 

 

三宮で買い物をして、カフェでゆっくりと読書をしました。

 

 

このブログも、このゆったり時間に書いています。

 

 

こうした時間もテストが終われば無くなってしまうので、大事に噛み締めて使いたいなと思います。

 

 

三宮を歩いていると、もれなくテスト期間で学校を早く出ている生徒に出くわします。

 

 

理由は「テスト勉強でカフェに行こうとしている」ということだと思っておきます。

 

 

学校の外というのは彼らにとってプライベートな時間であり、何をするか、誰といるか自分で選択して自由に過ごすことができる時間です。

 

 

その時間に、“友達と一緒にいる”彼らを見ると安心します。

 

 

学校はプライベートな場所というよりは、公共の場所、僕らで言う仕事場です。

 

 

仕事場では自分の好きな人といればいいという訳ではなく、同じ仕事をする人とうまくやる必要があります。

 

 

そうやって仕事をしながら息が合う仕事仲間とは、晴れて“友達”として関わることができるようになります。

 

 

彼らにとっての学校は同じような性質があって、もちろん僕ら教員よりは友達といる時間も長いし、誰と一緒にいるかも彼らが選択できることが多いです。

 

 

しかし、そうでないときも多く、「早くクラス替えがしたい」なんて言う生徒も少なくありません。

 

 

そんな中、街で見かける生徒が複数で一緒に歩いているというのは、彼らが本当の意味で“友達”として関わることができている証拠だと思います。

 

 

勉強ができるかどうかよりも、僕としては彼らのこういった姿の方が嬉しかったりします。

 

 

彼らのように、学校のなかでうまく関わり合いながら“友達”を増やすことができるような経営をこれからもしていきたいと思います。

無駄な時間を楽しむ生き方

早く学校をでたある日、早く出たとはいえ特にやることはなく、だらだらと過ごしました。

 

 

とりあえず三宮にでると、好きな珈琲屋で豆を買いたいと思い、お店に行きました。

 

 

たまにしか置いていない豆が置かれており、せっかくなので購入しました。

 

 

その後、誕生日に頂いたスタバの券を使っていなかったので、珈琲を買って本でも読もうとスイートミルクコーヒーを購入。

 

 

店を見回すと、生徒が勉強していたのを見つけ、なんとなく気まずさを感じた自分はすぐに店をでて、スタバの珈琲片手に1度帰宅。 

 

 

とはいえ、まだまだ時間はあったので、次はどうしようと考えていると、そういえばメガネケースがほしいと思っていたのですがなかなか購入できていなかったため、再び三宮の街をブラブラ探すことにしました。

 

 

DAISOで100円のハードケースを購入したものの、持っているメガネ、というかサングラスのサイズが大きく、閉じても少し開いている状態に。

 

 

仕方がないかと、再びメガネケースを探しに3COINSやらロフトやらを覗いてみたもののいいものが見つからず、結局Amazonで購入することにしました。

 

 

そこからはやることがなくなったので、ブルーボトルコーヒーでゆっくりしました。

 

 

振り返ってみると、歩いてばっかりで珈琲店を何軒も回り、何をしていたんだと少し後悔しましたが

 

大学院生のときの友人が「無駄な時間を過ごすほど幸せなことはない」という感じのことを話していたことを思い出しました。

 

 

この無駄な時間がストレスだっかと言われるとそうではありませんし、寧ろ妙に充実感があります。

 

 

「やりたいことをやる」とか「必要なことを効率良くこなす」とか「充実した時間を過ごすためにちゃんとスケジューリングをする」とか、こういった生き方は確かに論理的な生き方かもしれませんが

 

どこか忙しく、型にはまった生き方で、なんというか「面白くない」生き方だなと感じます。

 

 

たまにはこうやって、無駄な時間を楽しむ生き方というのも必要なんだなということに気付ける時間でした。

充実した週末

金曜日は飲み会、この土日は新潟に旅行に行きました。

 

 

考査の期間ということで、少し羽を伸ばして週末を満喫しました。

 

 

新潟では、上越SAKEまつりというイベントに参加して、夜は大学院生のときにアルバイトをしていた居酒屋に行きました。

 

 

店長も元気にされていて、美味しい料理とお酒で心を満たすことができました。

 

 

食べ過ぎ飲みすぎによって胃が荒れたのか、日曜日は胃の気持ち悪さで食べたり飲んだりが満足にできませんでしたが、、、

 

先日は食べ過ぎ飲みすぎによって膵臓を悪くしたということもあり、年齢と共に内蔵もどんどん若くなくなっていくんだなということを実感しています。

 

 

明日からまた仕事。

 

 

考査期間は続きますが、今回のような充実した休みを迎えるためにもまた明日から頑張ろうと思います。

ノート、ワークの点検について

中間考査のこの時期に、多くの先生が一度ここまでの評価をつけることになると思います。

 

 

僕も例に漏れず、ここまでの評価をつけます。

 

 

その中でも、観点別評価の観点3を一度つけるために、彼らが取り組んだワークやノートを点検します。

 

 

この点検がなかなかハードで、、、。他の方法は無いのかなぁと、テストが訪れるごとに思います。

 

 

他教科の先生方にお聞きしても、「自分もやり方探したけど、これだけは他の方法が見つからなかった」と、諦めて丁寧に点検して評価をつけているようです。

 

 

レポートを作成させるとか色んな方法を考えているのですが、結局彼らの毎回の授業の取り組みを見るとするのであれば、彼らが毎回取り組んでいるノートを点検する以外の方法が見つからないなと感じています。

 

 

彼らの努力を見るのであれば、教員側も努力が必要ということでしょうか。

 

 

とはいえ、やはり労力を使いすぎている感は否めないので、諦めずやり方を探し続けます。

T型人間

テストの期間。高校教員にとっては考査の作成や採点、ノートや問題集の点検など仕事があるとはいえ、普段と比べると業務量が減り、部活動もなくなるため束の間の休息の期間と言えます。

 

 

ここぞとばかりに会議や研修が入ることには若干不満がありますが、それでも精神的には楽ができる期間です。

 

 

職員室全体的にゆとりができるため、普段と比べると色んな会話が生まれます。

 

 

うちの部署は特別会話が多く、普段から意味のない会話が多いのですが、、、

 

 

その中で、MBTIの話になりました。

 

 

MBTIとは、10分程度の質問に答えるだけで、ある程度その人の性格を分類できるというものです。

 

 

これが結構当たっていて、「確かに」と思うことが多いです。

 

 

うちの職員の中でこのMBTIを本気で勉強した人がいまして、その人は僕のMBTIをピタリと当てました。

 

 

特に僕は「T型の典型」らしく、物事を感情ではなく思考で判断する人間だそうです。

 

 

これも「確かに」と納得してしまいました。

 

 

働いていても子どもに対して感情的に怒ることは少なく、「どうすれば言葉が届くのか?」というのを考えて彼らに言葉を使います。

 

 

今度、新潟であるイベントに参加してくるのですが「どんな感じやったか教えてくださいね」という会話に対して「どんな感じなんかは去年もいってるから教えれるで」と答えてしまいました。

 

 

きっとその人は参加した感想(感情)を教えてほしかったにも関わらず、僕はイベントの仕組みを教えようとしていました。

 

 

このあたりも「T型」ということなんだろうなと思います。

 

 

血液型診断にはエビデンスがないみたいですが、MBTIの診断は統計的にある程度合理性があるのかなと思いました。

 

 

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テスト対策プリント

考査前、多くの生徒は年度初めに購入している問題集や教科書をめくりかえして必死に勉強しています。

 

 

その中で気になったのが、テスト対策プリントに取り組む生徒。

 

 

自分が授業をしているクラスで考査の対策プリントなんてものは配布していないのですが、どうやら他のクラスで作っている先生のプリントを使って勉強をしているようでした。

 

 

彼女らが頑張って勉強する分にはいいのですが、普段授業を適当に受けている生徒が考査前にもらった対策プリントだけはちゃんとやる、みたいなことにはなってほしくないと思っています。

 

 

だから僕は対策プリントを作っていないのですが、やはり対策プリントを作っているとクラスの平均点は高いもので、自分としてはモヤモヤが残ります。

 

 

そんなもの作らなくても点数を取らせられるだけの授業をすればそれでいいのですが。

「ありがとう」が飛び交う家庭に

今日はスポーツの日。

 

 

とはいえ、昨日部活で1日働いたということもあり、今日はゆっくりと過ごしました。

 

 

2歳の息子は本当によく喋るようになり、外にでるとずーっと走っています。

 

 

活発な子になってくれて嬉しいです。

 

 

彼はよく「ありがとう」という言葉を使います。

 

 

ありがとうは言えるようになってほしいというのが僕と奥さんとの共通の教育方針なのですが、そのためには僕ら大人も「ありがとう」をたくさんいわないといけません。

 

 

息子はよく僕らが使う言葉を真似していて、家でご飯を食べるときが僕と奥さんで「お疲れー」といいながら乾杯をすると、彼も同じように「お疲れー」と乾杯をするようになりました。

 

 

大人の言うことをよく聞いている彼が立派な大人になるためにも、僕ら大人が彼にとって模範である必要があるなと思います。

 

 

意識して「ありがとう」という言葉を使っているわけではありませんが、そんな言葉が飛び交う家庭にしたいなとおもいます。