明日の自分へ

高校教員です。朝か夕方に、ほぼ毎日なにか書きます。

自習監督で感じた生徒の試し行動

最近は教員の中でインフルエンザが流行っており、職員室にも空席が目立ちます。

 

 

ここ何年か偏頭痛以外で体調不良になっていない僕は相変わらず誰からもウイルスをもらうことがなく、もらっていたとしてもウイルスに負けない体なのかもしれませんが

 

なんせ健康に生きています。

 

 

昨日は、もれなく数学科の先生の中にも体調を崩された方がおり、その穴を埋めるために全然しらないクラスの数学に行くこととなりました。

 

 

教室に入ったときの「え、この人誰、、、?」という視線が妙に苦手で、こういった穴埋めはあまり好きではありません。

 

 

行ってみると、生徒から試し行動というんですかね?そういったものが見られたのは面白いなと思いました。

 

 

ちょっと課題と違うことをしてみるとか、ちょっとiPadで違うことをしてみるとか。

 

 

「この先生、ここまでなら怒らないな」とか、そういう探りを入れられている感じでした。

 

 

そのラインを示すかのように、僕も彼らに「それはあかんよな」と声をかけていきました。

 

 

そういえば、クラスの運営とか、部活の運営とかも最初はこんな感じで生徒から探られてたなと振り返ることができます。

 

 

教職の世界には「黄金の3日間」という言葉もあり、集団を持つときの初めの3日間がめちゃくちゃ重要だということを改めて認識することができました。

 

 

長く持つ集団に関しては、結局日々の積み重ねなんですけどね。

 

学校が組織として動くこと

ベテラン、若手の違いもあれば、若手同士の考え方の違いもある。

 

 

そんな中集団が同じ方向を向くのって難しいことだなと感じます。

 

 

学校では、「もっと厳しく指導して、校則違反に関しては取り締まっていかないと」と考えるベテランもいれば、「校則どうこうも大事かもしれないけど、生徒が頑張っているのを応援することが一番大事」と考える若手もいる。

 

 

お互いに言っていることは合ってるけど、お互いが100%自分の考えを貫き通せば、学校としてまとまるなんてあり得なくなってしまう。

 

 

お互いが自分の譲れるとこを譲り合って、ちょっとでも歩み寄る姿勢を見せるのは大事なこと。

 

 

学校が組織として動くのって難しい。

大迫選手、武藤選手の存在意義

Jリーグは先日の試合でシーズンが終わり、これからはチーム移籍が激しくなる、いわゆるストーブリーグに入っていきます。

 

 

おそらく、ヴィッセル神戸を対談する選手もいれば、それに合わせて入ってくる選手もいる。

 

 

これは毎年のことだから仕方ない。

 

 

ヴィッセル神戸に入ってくる選手がいつも口を揃えていうのは

 

「やっぱり大迫選手や武藤選手の存在は大きいです」

 

という言葉。

 

 

この2人はJリーグでMVPをとった経験がある2人で、国内では最高の選手なのですが

 

この2人の存在が大きいというのは、そんな最高の選手である2人とサッカーができることや、そこから多くのことが学べることという意味だと思っています。

 

 

簡単に言えば、この2人に憧れて多くの選手が入ってくる。

 

 

そんな環境はヴィッセル神戸を強くした要因の1つじゃないかなと思っています。

 

 

ヴィッセルのフロントが大型補強をした理由も、単にその選手に活躍してもらうというだけではなく、チームの目標とする選手に来てもらったという意図もあったんではないでしょうか。

 

 

人にとって、憧れる誰かがいるというのは素晴らしいことで、そんな人が集団に存在しているというのは集団にとっても非常にプラスなこと。

 

 

教員になりたいと思った人の中でも、「あの先生に憧れたから」という人は少なくないはず。

 

 

自分もそんな憧れられるような存在になるために、できることは全力でやろう。

自信を持ててきた理由

今日でテストも終わり、やっと落ち着くなと思っていると、ひっきりなしに指導案件がバンバン飛び込んできます。

 

 

教員に息つく暇なんて無いな、、、と思う今日。

 

 

自分が関わっている生徒の指導案件も多く、生徒に話をする機会が多いのですが、最近は自信を持って彼らに話ができているなと感じています。

 

 

その要因としては、自分の中で教員としての軸ができてきたからだと思っています。

 

 

去年まではなかなか経験も浅く、誰かについて行くしかできませんでしたが

 

もはや若手ではなく、自分のことだけやっていればいい年齢ではなくなってきて

 

後輩を助けたりとかいろんな所で貢献していかないといけないなと思っています。

 

 

生徒との関わり方に関しても、生徒に寄り添うということだけではなく、彼らに必要な言葉を的確なタイミングでかけていかないといけない。

 

 

今まで怒られたり失敗したりしてきた経験からいろんなことができるようになり、自分が成長しているなと感じることができています。

 

  

ただ、人間は満足した瞬間に成長は止まってしまう。

 

 

もちろんまだまだできないことも多く、いろんな所で助けてもらいながら仕事をしている状態なので

 

これがどんどんと自分が助ける側の人間になっていけたらなと思います。、

ヴィッセル神戸連覇!

ヴィッセル神戸J1リーグを今年も優勝し、連覇を達成しました!

 

今年は天皇杯も優勝したので、初の連覇を&2冠ということになります。

 

 

これまではJ2に降格したり、決して上位に来るチームでは無かったのですが、今やJリーグの強豪チームへと成長し、どの相手もヴィッセル対策をしてくるようになりました。

 

 

そんな中戦うのは簡単ではなかったとは思うのですが、それでも勝つことができた今年のチームは本当に強かったなと思います。

 

 

こうやって、地元に愛するものがあって、しかもそのチームが活躍しているとなると、やっぱり嬉しい。

 

 

今年は秋のドラフトでも、神戸市の高校出身の金丸君と村上くん2人もドラフト1位に選ばれ

 

もうすぐ神戸アリーナも完成し、バスケの神戸ストークスも本拠地を移転してくるなど、神戸のスポーツが盛り上がっています。

 

 

こういったことを機に、神戸がどんどん元気な町になったら嬉しいなと思います。

失ってはいけない日本人の誇り

日本の教育で育った人はアイデンティティがない変わりに従順で真面目。しかし、今や従順で真面目であることはいくら日本人といえどコンピュータには勝てず、日本の教育で育った人材には興味がない。

 

なんて会社が増えてきているそうです。

 

 

ごもっともです、、、という話を職員室でしていると、ある先生が

 

「海外の学校はめちゃくちゃ。問題行動やドラッグなんて日常茶飯事。こうして日本が平和なのは確実に日本の教育のおかげ」

 

とおっしゃっていました。

 

 

確かに、この視点はなかったなぁと思いました。

 

 

いや、最近の流れで個別最適化やら主体性やらという言葉が頻繁に使われるということもあって、僕の中からこの視点が抜け落ちたのかなぁとも思いました。

 

  

日本の文化が継承されるためには教育は非常に重要な役割を果たしていて

 

ここでいうと「日本はマナーとかモラルとかそういうの大切にするし、ポイ捨てなんてなおさらだよね」というのも始まりは教育からだと思います。

 

 

従順で真面目なことは決して悪いことではなくて、従順であることが理由で自分でなにも考えなくなることが良くないだけ。

 

 

日本の文化の中で誇れることは残しつつ、ただやっぱり今までのやり方だけでは日本はどんどん衰退していく一方であることも事実なので

 

それを教育野中で取捨選択していく必要があるんだなと思いました。

「~らしく」という型について

「~らしく」という言葉があまり好きではありません。

 

 

高校生らしく、教員らしく、、、

 

そうやって言っているうちは、日本は昔と同じく従順な人を育てる教育からは抜け出すことができず、個別最適化とはほど遠くなっていくと思います。

 

 

この、枠組みにとらわれた「~らしく」という言葉によって、個人のアイデンティティとか強みとかそういったものはどんどん失われていっている気がします。

 

 

それは子どもを教育するときもそうですが、働いている側の教員も同じことが言えると思っていて

 

「教員として」という枠組みの中で働くことによって、力を出しきれていないなぁという先生方もたくさんいらっしゃいます。

 

 

勝手に作られているイメージが原因であることもあるかなと思っていて

 

例えば、生徒指導は体育の先生の仕事であるとか。

 

 

適材適所というのはたしかにあると思うんですが、今のやり方では教員になった人はこの「教員らしく」という型にはまりにいっている気がして、それによって一人ひとりの良さというのはどんどん薄れていっています。

 

 

こうなってしまうのは、僕ら教員がそういった教育を受けてきたからに他ならず、仕方ない部分もあるのかなと思います。

 

 

でも、仕方ないで終わらしてしまえば学校が変わることはない。

 

 

「~らしく」という言葉の中で僕が唯一好きなのは「自分らしく」という言葉。

 

 

僕ができることは、自分自身がまずは自分らしく働くこと、また関わっている生徒にも「自分らしく生きろよ」ということを伝えること。

 

 

だからといって自分勝手していいわけではありませんが、教員も生徒も全員が100%の力を出せるような、そんな学校の方がワクワクするよなと思います。