今年度の体育の授業も残りわずか

今年度の体育の授業、どのぐらいあるんかなぁ・・・って気になって数えてみたら



1年生と2年生合わせて残り10回もないんですね。



いやぁ、とりあえずもうすぐ今年度乗り切れるかぁ。



って言ってる時に問題が起こったりするんで最後まで気は抜けませんが。





さて、教員1年目でしたが、自分なりに『学び合い』の考え方に基づいて教育をすることができました。



先日の記事でも書きましたが、大切なのは生徒の「一生涯の」幸せを実現する事です。



できるだけ多くの活動で、「これはどのようにすれば生徒の一生涯の幸せのためになるだろうか?」とか


逆に「これを手伝ってしまうとこの子が将来生きていく上で必要な能力を育むことができないから手を出さないでおこう」とか


こういった視点で教育することができました。






もちろん、その中で失敗することも少なくありませんでした。



『学び合い』のスタイルが、現状の学校教育とマッチしない部分も多いという事も分かりました。



ただ、そんな経験を通して僕なりの授業スタイルをなんとなく確立することができましたし、現状の学校教育になんとか溶け込めるような塩梅も分かってきたつもりです。






こんなこと言ったら怒られるかもしれませんが、体育の授業でやることってほとんどが

将来に役立ちません。



跳び箱も、バスケも、ハードルも、卓球も、剣道も、将来役に立たないことに気付いている生徒も多いと思います。



でも、そんな役に立たないことでも、それらをみんなで学ぶことを通して将来必要な財産を手に入れる事ができると思うんです。



その財産とは


①仲間

②主体性


です。




①仲間について、誰かと協働して何かに取り組むことって誰かと仲良くなるきっかけになると思うんですよね。



同じ目標に向かって一緒に切磋琢磨し合って取り組む様子は、甲子園を目指して一緒に練習する高校球児のようなものですよね。



甲子園という大きな目標に向かってみんなで切磋琢磨する経験があるからこそ、野球部などの部活動での繋がりって強いものになると思うんです。



僕の授業で「全員が○○できるようになる」という課題を通して、そんな仲間ができる可能性が少しでもできたらなぁと思って授業していました。





②主体性は、課題を自分で考えてこなすことによってつけることができると思うんです。



これからの社会は、何かを言われてそれを確実にやるだけの人間はAIに淘汰されてしまいます。



言われて確実にやるだけなら人間よりAIの方が得意ですからね。



そんな社会の中で人間が生き残っていくには、課題に対して自分で考えて行動できるかどうかというところにかかってきます。



時には誰かと協力しないとできないことだってあるし、そういったときに「ちょっと助けてほしい」という能力も主体性ですよね。





また、情報を自分で処理できるか、情報に対して自分で考えることができるかどうかというのは人生を損しないためにも大切なことです。



青汁のCMやマウスウォッシュのYoutube広告を見て魅力を感じ、その商品を買ってしまう。



ただ、その広告に対して自分で考えられるかどうかが大事です。



本当に青汁を飲んだだけでおじいさんは元気いっぱいに屈伸運動ができるのか、マウスウォッシュを使うだけで人生モテ始めるのか。



じゃーなぜそれらが病院で処方されていないのか。



考えられずに広告に対して反応してしまうだけの人間は、人生損してしまいます。






主体性をつけることによって、自分の将来を幸せにしてほしい、また損しない人生を歩んでほしい。



そんな能力をつけてほしいなと考えていました。






今年度僕が行ってきた保健体育の授業は、それらを彼らに与えられただろうか?



そんなことを考えながら残りの授業を楽しんでやっていきたいなと思います。