教育という分野では、「エビデンス」が軽視されているなと感じることが多いです。
エビデンスとは「科学的根拠」と訳されるもので
ちゃんと科学的根拠がある政策に対して国のお金がやっと使われることが多いのに
学校教育に関してはエビデンスもなく、「とりあえず全員にタブレット端末を配っとこう」ということで
その目的も曖昧なまま日本全国の生徒にタブレット端末が渡されてしまいました。
結局、それを活用して授業を作るべき教員は、有効な活用方法も思い付かず
ある学校ではタブレット端末がただの遊び道具に
ある学校ではただの文鎮と化してしまっています。
学校教育は日本全国の人が受けていて、それがゆえに
「私だったら、、、」と、多くの人が自分の経験則で話ができてしまう世界で
あるいは学校教育に固定的なイメージを持っている人が「学校はこうあるべきだ!」と、押さえつけてしまう世界で
まぁなんせ根拠無き話が横行しています。
僕は大学院に2年間在籍していたことがあって、
その大学院では特色ある研究室の仲間や教授が死に物狂いで教育に関する様々な研究をしていました。
教育界隈でも多くの人によってたくさんの「エビデンス」が産み出されているのに
現場では「エビデンス」という言葉を全くといっていいほど聞かない。
教員全員が同じ方向を向かず、一人ひとりが自分の信じる(自分よがりの)教育をしてしまっているのは
きっとここにも原因があるんやろうなと考えています。
日本教育の中にもたくさんのエデンスを取り入れて
向かうべき場所がもっと明確になればいいのになぁ。