ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する  W.チャン・キム、レネ・モボルニュ

久々に『ブルー・オーシャン戦略』を読んでいます。

 

 

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ブルー・オーシャン戦略――競争のない世界を創造する (Harvard business school press) W・チャン・キム https://www.amazon.co.jp/dp/4478024677/ref=cm_sw_r_tw_dp_J58AKGADFXX58PY0DZNZ?_encoding=UTF8&psc=1


ブルー・オーシャン戦略とは、企業等が同じ需要(価格とか昨日とか目的とか)で争うレッド・オーシャンに対して顧客の新しい需要を生み出し、競争を無意味にする考え方です。そのために、何かを減らし、取り除き、その上で増やし、付け足します。

 

例を挙げると、美容院は散髪をするのはもちろんトリートメントや男性の髭剃り、ブローやマッサージ等のサービスを多く取り入れ、いかにお客様に満足して帰っていただくかという所で争っていました。その結果、価格はだいたい5000~6000円、時間は1時間はかかっていました。

 

多くの美容院がこのサービスで争っていた所、ある美容院が「散髪だけして早く帰りたい人もいるんじゃないか」と、散髪以外のサービスを削ったそうです。すると、今まで60分かかっていた散髪が10分で終わるようになり、価格も1000円になりました。

 

こうして新しいニーズを生み出した美容院はその後どんどん広がっていったそうです。

 

 

学校現場では、ほとんどの子どもがレッド・オーシャンに放り込まれているなと感じます。全員が同じものさしで評価され、いい高校→いい大学→いい企業を目指すように仕組まれている。そういった教育をしてきた結果、会社に入ってもなお競争意識の中で戦うことになってしまう。

 

でも、実際そんなレッドオーシャンの中で勝ち抜ける子どもはほんの一部で、多くの子どもが蹴落とされてしまうわけです。勉強についていけなくなった生徒は学校にいけなくなってしまったり、将来に絶望してしまったりする子も出てきます。

 

最近では「個別最適化」という言葉を多く聞きますが、多くの子どもが今なお高校受験や大学受験、いい企業への就職に向かっています。そういった進路を目指してみんなが同じ物差しで評価されているわけです。

 

 

果たして学校教育ってそれでいいのでしょうか?

 

 

本当に個別最適化するためには、先生だけじゃなくて多くの大人が「頭がいい」とか「優等生」という言葉について考えを改めるべきだと思います。

 

勉強ができなくてもそれ以外の事で抜けている人は社会でもやっていけると思いますし、勉強がいくらできても人とコミュニケーションに問題があるとはそもそも社会でやっていけません。

 

そもそ勉強というのが全員必要なもので無いということは大人である僕らもわかっているはずです。僕は保健体育の教師ですが、将来跳び箱を跳ぶことはありませんし、剣道をすることもありません。中には必要な人がいるかもしれせんが、そんな人はほんの一つまみの人間だと思います。

 

 

本の学校教育は200年遅れていると言われています。しかし、受験競争というレッドオーシャンから抜け出さないとこの先まだまだ停滞したままになってしまいます。

 

そんな中、新しい需要を生み出している学校(N高等学校とかVantan高等学院とか)もあります。公立学校に通う人でも、最近では麹町中学校のような学校に進学したいとわざわざ引っ越しをするご家庭もあるそうです。

 

 

それでもなお学習指導要領の文言を増やしたり、オンラインになかなか踏み切れなかったり、個別最適化に踏み切れなかったりする日本の公教育、このままで大丈夫ですか?