上教大ってカラス多いなぁ、、、何羽おるんやろか。
そう考えてネットで検索すると、なんと上教大周辺のカラスについて調べている論文がありました。
やっぱみんな気になってるんやなぁ、、、。
上教大周辺にとまっている車の糞害といったら、、、
しょっちゅうやられるもんで、洗車に行く気すら起きませんよね。
そんなカラスについて気になったからといって、まさか論文にする人がいるとは。
さて、そこで僕が思ったのは
「カラスについて論文にしたから何なんだろうか?」
という事です。
カラスについて論文にしたところで、しかも上教大周辺のという限定キーワードを入れた論文を誰かが見たところで、そこから何か起きるのでしょうか?
その論文は世の中の役に立つのでしょうか?
こう思ったわけです。
でも、この論文を書いた方はそういう事じゃなくて、とにかくきっと上教大周辺のカラスについて「気になった」のだと思います。
気になったから調べた。ただそれだけ。
でも、それだけでもいいと思うんです。
だって、気になったことをとことん追求することって楽しいじゃないですか。
ちょっと難しい言葉を使えば「知的好奇心」ってやつですね。
自分が楽しいと思う事をする。気になったことを調べる。
きっと、これだけで研究する意味なんて十分すぎるんですよね。
そして、このカラスの論文は、同じ悩みを持った人(今回の場合僕)が読んで、「へぇ~、そうなんだ!」と思う。
「へぇ~、そうなんだ!」以上のものは生まれませんが、それでいいんです。
だって、気になったことが解決したんだから。
僕も研究していますが、その研究は僕にとって楽しいものになっているか?
自問自答してみると、どうやらそれなりに楽しめているようです。
だって、子どもに任せてみてその子どもたちがどんな動きをするのか、どんな会話をしているのか、どんな気持ちなのか、それを知るだけでも楽しいですし、これ以上の教材研究はありませんよね?