明日の自分へ

高校教員です。朝か夕方に、ほぼ毎日なにか書きます。

読書が楽しいと感じるようになった理由

教員採用試験の一次筆記試験まであと10日。4回目の受験。そろそろ結果出さないと。

 

とは言いつつ、やっぱり勉強ばっかり面白くない・・・。そう思って間の休憩で本を読んでいます。明後日発売の西川先生と元ゼミの同期さんの共著であるお金の本や自己啓発本など。最近は「平常心のコツ」っていう本を読んでいます。ゼミの後輩から借りているアダム・グラントさんの「ORIGINALS」もさっと読んでしまいたい。メンタリストのDaiGoさんがおススメしている「ザ・コピーライティング」にも早く手を付けたい。

 

読みたい本が溜まっています。

 

今回の記事は、「僕は読書家なんですよ」というアピールがしたいのじゃなくて、むしろ元々読書が嫌いだった僕がなぜ読書をするようになったかという話です。

 

結論から先に述べると、「読む必要性を感じているから」と、「読むことで新しい知識を手に入れるのが楽しいから」の2つが大きな理由だと思います。

 

僕が教員を志した当初は、「いかにみんなに体育を楽しんでもらえるか」とか「みんなの体育の技能を向上させるにはどうすればいいか」とか考えていました。特に「体育が苦手な子」にフォーカスを当てて。

 

しかし、西川研究室に入り、『学び合い』や西川先生の教育の考え方に触れることで、それじゃあ子どもの将来を幸せにすることができないんだなと感じました。

 

では、子どもの将来を幸せなものにする教育をするためには、何をすればいいのか。それを知るためにはまず、子どもがどんな社会で生きていくのかという事を知らなければいけません。

 

だから、西川先生に言われた書籍を片っ端から読みました。その結果、今の僕の教育スタイルになっているわけです。この辺りが「読む必要があるから」という所です。

 

次に、知的好奇心についてですが、「必要があるから」と思って本を読んでいるうちに「あ、これってこうなんだ、、、」という感覚が楽しく、心地よくなってきました。また、そうやって新しい知識を取り入れることは、自分にとって得であるという事も知りました。

 

 

結果、こうして読書をする習慣がつきました。小説とか物語とかは相変わらず苦手ですが、字を読むことさえ苦手だった僕がこうして本を読めるようになっている事自体奇跡的です。

 

もちろん、身に着けた知識は使わないと意味がありませんので、本を読み、考え、対話する事を繰り返し、自分の成長というものを喜びにしながらこれからも読書を続けます。