明日の自分へ

高校教員です。朝か夕方に、ほぼ毎日なにか書きます。

成功する人は「捨てる」「断る」ことが上手

・第一段階

目標をしっかり見定め、成功へと一直線に進んでいく。

 

・第二段階

成功した結果、「頼れる人」という評判を得る。「あの人に任せておけば大丈夫」と言われ、どんどん多様な仕事を振られるようになる。

 

・第三段階

やる事が増えすぎて、時間とエネルギーがどんどん拡散されていく。疲れるばかりですべてが中途半端になる。

 

・第四段階

本当にやるべきことができなくなる。成功したせいで、自分を成功に導いてくれた方向性を見失ってしまう。

 

 

上記は「成功のパラドックス」と呼ばれるものです。優秀な人ほどこの状態に陥りやすいそうです。

 

せっかく成功を収めたのに、その成功のせいで自分がどんどん失敗の道に引っ張られて、奈落に落ちて行ってしまう。なんとも奇妙な話ではありますが、上記のようになっている人が存在する事は容易に想像できてしまいます。

 

確かに、成功すれば「自分はもっとできる」とか高みを望むものだし、「あの人はできるからいっぱい頼ろう」という他者の思考も当たり前のことです。

 

ただ、その時に「それは本当に自分の仕事か?」と考え、断ることができる人こそが持続した成功を手に入れることができると思います。

 

「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざもありますがまさにその通りで、もっと、もっととたくさんのことに手を出すことによって、やがてすべてが中途半端になり、自分が本当にすべきことを見失ってしまいます。

 

そうならないためにも必要な事が「捨てる」「断る」という事です。できるようになったからと言って全部を受け入れるわけでなく、自分が本当に必要と思った事だけを受け入れることによって、自分がやるべきことに全力を注ぐことができます。

 

また、今自分がやっている事にしても、「これは本当に必要か?」と考え、必要でないものを思い切って捨てることによって、本当にすべきことの効率が上がります。

 

僕たちは昔から努力の大切さを教えられてきました。確かに努力をすることはいいことです。でも、1時間で10できる仕事をいろんな仕事を引き受けすぎて効率を落とし、2しかできなくなってしまっては元も子もありません。

 

全部やろうとするのではなく、断る勇気、捨てる勇気を持ちましょう。そうすれば、皆さんの仕事の効率は劇的に良くなるはずです。

実は心に熱いものを持っているライオンズファンの彼

大学院に入った初日、同じコースに特に知り合いがいるわけでもなく、入学式やガイダンスを一人で黙々と受けていました。そこで、たまたま隣にいた西川研究室志望のやつに声をかけられ、新潟では有名な高田公園(現在は高田城址公園)の観桜会に半強制的に連れていかれました。

 

今回は、その時にいた1人の人間のお話。

 

彼は最初はどちらかというとその花見に行ったメンバーの中では寡黙なイメージで、しかもイケメンだったので「モテるんやろうなぁ」と思いながら見ていました。その花見はまぁまぁ大人数で行っており、グループみんな結構はしゃいでいたのですが、僕と彼はそのはしゃぎっぷりを後ろで見ていました。

 

しかし、たまーに彼がボソッと言葉を発します。誰かに聞こえるか、聞こえないかぐらいの絶妙なトーンで。それがいちいち面白い。そこで僕は「彼とは仲良くなりたい!!!」そう思いました。まぁふたを開けてみると「彼とは仲良くなりたい!!!」と気合いを入れるまでもなく仲良くなることができたのですが。

 

ある日、いちいちいろんな事にツッコミを入れているものの、実はあまり面白いことを言っていない人を見つけます。しかし、周りの人は笑っています。「あれ、面白いんかなぁ、、、。」自称面白くない方の関西人である僕がそんな事を言う権利はないのですが、面白くないのに関西人プライドを貫いて手を緩めない関西人が一番見てて辛いことを僕は知っています。

 

僕はイケメンの彼に思い切って言ってみました。「あれ、面白いんかなぁ、、、。」すると彼は「よく言ってくれた!!!」と同意してくれました。その同意がなぜかうれしくてうれしくて。

 

彼は、奨学金を借りていたり、数学の免許を取り増ししたりと大学院での境遇も似ていたので学校でもよく一緒にいました。すると、彼らしさが本性を表します。

 

奨学金の手続きは遅れる。数学の時間に教室を抜け出して寮にはんこを取りに帰る。取りに行ったときには持っていなかった傘を持っていたので「それはばれるやろ」というと「大丈夫っしょ(笑)」と返してくるあたり。しかもスーパー面食い。

 

いろんなところで抜けている彼でしたが、その偽らない性格と、友達のことを大切にしている姿が本当に「いい奴だなぁ」と思いました。

 

イケメン君と同じ研究室の楽天ファン君の事をいじりながもずっと気にかけていたり、研究室でもゼミ長として頑張っていたり。尊敬できるところもたくさんありました。

 

もう一人、ずっと一緒にいたピアスの仲間がいたのですが、そいつと一緒に夜な夜な僕の部屋で彼とはお酒を飲んだり映画を見たりしました。それがメチャクチャ心地よくて。あの日々があったから僕の大学院人生は充実したものになりました。

 

情熱とか、そういった言葉が似合わない彼が最後に僕に渡した手紙は、ワードセンスにあふれた彼らしさがちりばめられた手紙でしたが、その中には僕に対しての感謝の思いが綴られていました。いつも冗談交じりで話をしていた彼から渡されたその手紙を読んだときは、少し目頭が熱くなりました。実は心に熱いものを持っているんだなぁ。

 

僕こそ彼には感謝しています。彼がいなければこんなに充実した大学院生活は送れていなかった。彼との何気ない野球の話とか世間話とかが本当に心地よかった。途中からなんで取っているかわからなかった数学の免許も彼がいたからこそ最後まで頑張ることができた。

 

関東に行ってしまう彼とはなかなか会う事はできないかもしれませんが、またいつか「今年の西武、強かったなぁ。まぁ、ロッテの方が強いけど。」と話ができる日を楽しみにしながら、お互いそれぞれの地で頑張りましょう。

 

ひとまず、いままでありがとう。これからもよろしく。

僕の人生に多大なる影響を与えたピアスの彼

大学院に入った初日、同じコースに特に知り合いがいるわけでもなく、入学式やガイダンスを一人で黙々と受けていました。そこで、たまたま隣にいた西川研究室志望のやつに声をかけられ、新潟では有名な高田公園(現在は高田城址公園)の観桜会に半強制的に連れていかれました。

 

今回は、その時にいた1人の人間のお話。

 

彼は見た目はちょっとチャラいというか、教育大学の大学院に入ってきているにも関わらずピアスがあいている。その時点で「無いわぁ、、、」と思っていました。無駄に明るく、ほぼ初対面である僕にも「たかしは関西人やのにあんまり突っ込んでこないんだな」と軽めのジャブを打ってきました。

 

僕は決してコミュ障なわけではなく、その場限りの人なら積極的に話しかけにいけるのですが、これからある程度長く付き合うであろう人との人間関係作りは結構慎重になります。だから、最初は振られたときだけ喋るぐらいの感じにしていたのですが、彼はそんな僕にも容赦なくジャブを打ってきました。

 

そんな彼がまさかそのあとの2年間1番一緒にいる、いわば親友になるとは。

 

入学当初は、出席番号が近くてガイダンスの時にも近くの席に座っていたからという理由でなんとなくつるんでいた仲間が何人かいました。確かに仲は良かったかもしれないですが、人間というのは相手の事が分かってきだすとどこかで相手の悪いところが見えてしまうもの。そこからは段々とそのグループは自然消滅していきました。

 

しかし、彼とはいまだによく一緒にいます。ってか、そのグループで一緒に昼食を食べていて、「じゃあ、俺先に授業行くな~」と何人かが先に授業に行ったりやることをやりに食堂から出ていく中でも、彼ともう一人は結局残り、3人でつるんでいることが多かったんです。なんか、結局3人になってたんよなぁ。

 

多分、僕も、彼らもその3人でいることは非常に心地が良かったんだと思います。今回はそのもう一人の彼の話は置いておいて、、、。

 

その後もピアスの彼とは一緒にいることが多く、週4で僕の部屋に集まって飲み会をし、彼の歯ブラシも僕の部屋にありますし、アルバイトを2つ掛け持ちしているんですが両方のアルバイトに彼がいました。それぐらい、仲が良かったんだと僕も、きっと彼も自負しています。

 

今、僕が恋人がいるのですが、彼女といまこうして婚約できたのも彼のおかげだと思っています。

 

入学当初、僕はある女性に一目ぼれしていました。多分、周りから見ても分かりやすいぐらい浮足立ち、もちろん彼女の話は彼にもしていました。「LINEしろよ!!!」と彼は僕に相変わらずジャブを打ち、僕もLINEを手に入れたことでうれしくて毎日LINEのやり取りをしていました。

 

しかし、ある日彼から「○○ちゃん、やめといた方がいいとおもうけどなぁ、、、。」と助言が。いや、なんという手のひら返し。今更やめるなんてできひんし、そもそもなんでいきなりそんなん言われなあかんねん!そう思っていました。

 

でも、彼女からの返信は鈍くなってたことにはうすうす気づいていたし、彼女のいろんな噂も耳に入ってきていたのも事実です。目を背けたい気持ちを何とか抑え、情報収集をすると彼女は他の男性といい感じになっていたようで、僕のLINEも筒抜けだったようです。結局彼女はその男性とも付き合わなかったのですが。

 

意気消沈する僕を慰めてくれたのもピアスの彼でした。そこで彼がぽろっと。

 

「△△ちゃんなんかいいとおもうけどなぁ」

 

結局僕はその△△ちゃんと婚約しました。もちろん、彼が言ったから今の恋人にアタックしたわけではありませんが、彼の影響は間違いなくありました。

 

逆に、彼が研究のことで悩んでいるときに僕が無理やり飲みに誘って元気づけた事とかもありました。お互いに、相手を応援し、相手が傷ついているなら励まし合い、相手の幸せが自分のことのようにうれしかったんだと思います。

 

そんな彼とも、先週の修了式の後、彼が地元に帰った事を機に一旦お別れ。今は彼がいませんが、そんな彼がいたからこそ一緒にいられるパートナーと一緒にいることができています。

 

来年には僕は地元である神戸に帰るので、北陸にいる彼と会うことが難しくなってしまいますが、それでも定期的に大学院の時のように無理やり飲みに誘うつもりです。まぁ逆もしかりですが、、、。

 

その時にまた元気な姿で会えるように、お互い頑張りましょう。

 

ひとまず、今までありがとう。これからもよろしく。

つながりから生まれるつながり

2年前のこの時期、丁度上越に来たぐらいだなぁと考えていました。大学院が始まるまで少し余裕があったのですが、それまでやる事もなく、とにかく暇でした。

 

同じ大学から3人知り合いが来ていたのでまだましでしたが、上越に来てから学校が始まるまでの時間、1人で寂しかったことを覚えています。

 

だから、とりあえず同じ大学の仲間を呼び、何も考えずに上越市内をドライブしたりしていました。何の目的もないただのドライブでしたが、一緒にいるだけでも彼らとの時間は心地よかったです。

 

大学院でたくさんのことを学び、2年間たった今その時のことを思い出すと、やはり人とのつながりというものは大切なもので、その時から仲間がいたというのは非常に恵まれていたんだなぁと感じます。

 

でも彼らは同じコースだったわけではなかったので、大学院が始まってしまえば一人になってしまうのかなぁ、、、。と思いながらいざガイダンス等を受けましたが、気付いたらなぜか何人かと友達になっていました。友達・・・というか、一緒に花見なんかにも行ったりしたのですが、それも「行くだろ?」ぐらいの半強制的な感じで連れていかれた覚えがあります。

 

半強制とはいいながら、早く知り合いを作りたかったこともあり二つ返事でお花見に行きました。その時の仲間とは今でも最強の仲です。今考えたら、そのお花見が無ければこんなつながりもなかったんだなぁと、誘ってもらったことに感謝しています。

 

その中の一人は本当にコミュ力の塊(1歩間違えれば変な人だと僕は思っている)で、彼と一緒にいることで僕自身のつながりも非常に広がったと思っています。

 

僕のアパートでよく飲み会をしていたのですが、彼が人を誘いすぎてわずか6畳の部屋に10人ほど人が集まって話をしたこともありました。その人もよくうちに来たよなぁ、、、。

 

そんな彼のそばで生活することで、僕も段々とコミュ力をつけることができたんじゃないかなぁと考えています。

 

もちろん彼だけでなく、大学の時からの友人のコースにも友達ができましたし、そんなこんなで僕は大学のいたるところにつながりを作ることができました。そのおかげで、充実した大学院の2年間を送ることができました。

 

もし、コミュニケーションが苦手という方がいましたら、コミュニケーションが得意な人とつながってみてください。そうすれば、その人からコミュニケーションのコツのようなものを学ぶことができますし、その人のつながりから自分もつながることができます。

 

 

つながりから生まれるつながりって大切だなぁと思いました。

 

勤務の日に向けて

来週からの勤務に向けて、少し時間があります。その時間で何をすべきかを考えていました。

 

かといって、自分で答えが出せるわけでもないので、体育の先生からの引継ぎの時に「やっといた方がいいことってありますか?」って聞いたり、Facebookで聞いてみたりしました。

 

いちばん多かった回答が、「今のうちに遊んでおくこと」「万全の態勢で臨めるように心も体も整えておくこと」でした。

 

引継ぎの時に、今年度の年間指導計画をもらうのですが、それを見ながら来年度の事を考えると非常に不安になってしまいます。「武道は剣道をしないといけないのか。自身ないぁ、、、。」「ダンスなんてできないし、どうやって乗り切ろうか、、、。」考え出すとこんな悩みがたくさん出てきます。

 

その悩みを現任の体育の先生にぶつけてみました。そこで体育の先生がおっしゃったのは

 

「今考えても、きっとわからないことが分からないんだからあまり深く考えなくてもいいよ。僕でもできたんだから先生ならできるよ。大丈夫。」

 

先生のこの言葉に救われました。きっと先生も、他の先生方も通ってきた道。今僕が悩んだって仕方ない。

 

自分がやるべきことは、4月1日に万全の態勢で臨めるように、心も体も快調にしておくこと。

 

だから、今まで通り、いっぱい本を読んで、そしていっぱい遊ぼう。

日常的な幸せ、イベント的な幸せ

修了式が終わってから数日が経ちました。ほとんどの人は引っ越しを済ませ、それぞれの地へ旅立ちました。

 

今まで当たり前のように一緒にいた人にももう会えず、ゼミ室に行けばいた人にももう会えず、それでも僕は今上越でいつも通りの日常を過ごしています。

 

これから彼らに会う時も「久しぶりやなぁ!!!」と、1回1回の再開を喜ぶことになると思います。いわば、彼らに会うことが僕にとって1大イベントになるわけです。

 

それはそれで幸せな事かもしれませんが、今まで当たり前のように会っていた時間は本当に心地よくて、幸せな時間だったんだなぁと感じます。

 

このように感じるだろうなという事は修了式の前から予想はしており、日常的な居心地良さを無駄にしてきたわけでもありませんが、大事にすればするほどその時の日常というものは恋しくなるものです。

 

僕の知っているある人は、誰かと会う事をワインに例えて、会っていない期間を「熟成期間」と呼び、たまーに会う事のイベントを楽しんでいるといったことを言っていました。また、そのたまーに会う期間は自分にとって必要な時間であるという事も言っていました。

 

確かに、人と会うという事は寝かせれば寝かせるほど感慨深いものになりますし、その人と仲が良ければ良いほど会う時にワクワクします。

 

でも、やっぱりそんな人が近くにいるという環境が幸せである事には変わりありません。相談できる仲間がすぐ近くにいた環境が恵まれていたんだなという事は、勤務してから痛感する事でしょう。

 

 

僕は、高校の時から地元を離れ、大学、大学院と、この先なかなか会うことができないような別れを3回してきました。その度に、頼れる仲間、話を聞いてくれる仲間が近くにいた事の幸福に気付かされます。

 

そんな経験を子どもたちに伝えることで、近くにいる仲間、いつも会える仲間の存在がいかに大切かという事に気付かせてあげたいです。

 

 

もちろん、全国に仲間がたくさんいることも素晴らしいことですけどね!

初めて赴いた勤務校

昨日、校長面談と体育科の先生からの引き継ぎのため、はじめての勤務校へ赴きました。「あぁ、ここで1年間働くんだ。」不安よりもわくわくの方が大きかったように思います。

校長先生に校務分掌を伝えられ、体育の先生から引き継ぎをされたのですが、、、。

正直何を言っているのかイマイチ分からない。体育の先生も「何を言っているのか分からないよね、、、(笑)」と言いながら優しく引き継いでくださいましたが、なんせイメージがなかなかできない。

なんとか引き継ぎが終わり、次は大量の書類の書き込み。給与振込口座、共済組合入会、車通勤関係、住居手当関係等、、、新潟の銀行で新しい口座も作らないと、、、。

学校についたときのわくわくは、いつしか不安に変わっていました。

それでもやっぱり勤務の日が楽しみでもあり。