明日の自分へ

高校教員です。朝か夕方に、ほぼ毎日なにか書きます。

「生きる価値」について、今の自分の中での答え

最近受けた研修で、高校生の自殺率が急上昇しているという話を聞きました。

 

 

理由は様々ですが、「自分が生きている価値が分からなくなった」という話を聞くのも珍しくありません。

 

 

自分が生きている価値、僕は正直そんなものを考えたことがありませんでした。

 

 

それを自分で考えられている人は偉いなと思います。

 

 

そもそも、人間は生まれた時に自分の生きている価値なんて考えないし、それがどこかのタイミングで与えられるわけでない。

 

 

社会人になったら自分の役割というものが出てくるかもしれませんが、働くというのが自分の生きる価値に直結するかと言われると、そうなるのは理想ですがそれは全てではない。

 

 

「幸せになるために生まれてきた」というのは一つの答えではある気がしますが、その反面この回答はどこか独りよがりに聞こえることもあります。

 

 

生きる価値って何なのだろうか。

 

 

僕はこの生きる価値というのは、「誰かを幸せにする」というのが今のところしっくりきています。

 

 

誰かというのは自分の家族が一番分かりやすくて、家族の生活のために働く、息子を育てるために世話をするというのは、家族の幸せのために働いているということになります。

 

 

この、誰かという範囲が広がってくるとこの生きる価値というところに繋がるのかなぁと思います。

 

 

アドラー心理学でいう共同体感覚ってこんな感じでしたっけ。

 

 

例えば、「働くことが誰かを幸せにしている」と考えることができれば働く意味に繋がると思うし

 

そもそも仕事をする事に意味を感じられれば、働き甲斐にも生き甲斐にも繋がると思う。

 

 

これをボランティアでできる人はスーパーだなと思いますが。

 

 

こうして考えると、「自分が生きる意味」には「他者」が強烈に関わっているということが分かります。

 

 

ここでポイントとなるのは、「他者を幸せにすることを幸せに感じられるか」というところ。

 

 

これは教育の中でやっていかないといけないことの一つだと思います。

 

 

これからも他者の成功や幸せを喜べる生徒をどんどん育てたいと思います。