明日の自分へ

高校教員です。朝か夕方に、ほぼ毎日なにか書きます。

矯正されることが嫌い

僕は、わりと怒らないタイプの教員で、授業や学級経営も生徒に任せています。

 

 

その分、逆に一人一人に熱心に教える方ではなく、集団として教育はするけど、個人単位でやる気がなかったりする生徒に対して熱心に救おうとすることもあまりしません。

 

 

そんなときは

 

「取り残される人が出るクラスでいいんか???」

 

と、集団に投げかけています。

 

 

一方で、一人一人を教員の力で救おうとする先生もいます。

 

 

僕のやり方よりそっちの方が絶対にエネルギーが必要やし、すごいなぁと思う半面

 

エネルギーや時間には必ず限りがあって、やっぱ全員に力を注ぐことは難しいよなぁと感じます。

 

 

生徒にとっても、僕の指導が合う子もいれば、違う先生の指導が合う子もいます。

 

 

それは人間としては当然のことですよね。

 

 

そんな中で、僕は

 

“生徒にもっと選択肢が与えられること”

“教員の個性が活かせること”

 

の2つがもっと充実したらいいのになと思います。

 

 

例えば、生徒が担任の先生を選べるとか。

 

 

まぁ大学みたいになりますけどね。

 

 

そして、もうひとつの、“教員の個性”について。

 

 

授業の何が負担なんやろうかと考えたときに

 

将来教員採用試験に合格して、初任研や研究授業やらで授業を矯正されるのが嫌なんよなぁと感じています。

 

 

今の授業では、子ども同士が教えあって、協力しあってくれているのですが

 

一方でサボっていたり、遊んでいたりする生徒がいるのも事実で

 

きっと、誰かが授業を見に来るってなると、そういった子がフォーカスされて授業が検討されることになるんだと思います。

 

 

それがものすごく嫌なんですよね、、、

 

 

なんせ、初任研とか研究授業とかが嫌い。

 

 

まぁまだやったことないんですけどね。