西川純先生の新著『生徒に一生涯の幸せを与える学級経営』を読みました。
この書籍のポイントは
①「一生涯」の幸せを幸せを考えた教育について
②『学び合い』の本のタイトルに「学級経営」という言葉が入っている事
の2つだと思います。
最近の西川先生の書籍にしては珍しく、『学び合い』の事がたくさん書いてありました。
読めば読むほど「あー、また同じこと書いてるなぁ」「これも聞いたことあるなぁ」という気持ちになります。
オペラ座の怪人の子の話、先生の初任の定時制高校の頃の体験など・・・
西川先生の本をたくさん読んでいたり、西川研究室出身だったりと『学び合い』や西川先生との関わりが深い人ほど新鮮さのない本になっているのかなぁといった印象でした。
間違って欲しくないのは、この新鮮さが無いってのはむしろいいことだということです。
先生が何年も前に書かれた本と同じような事を書かれているということは、書かれていることは時代が進んでも変わることのない原則だという事を表していると思います。
原則というのは、特殊なことがない限り不変で根本的な事って意味です。
つまり、教員としてやるべきことは、今も昔もこれだよという西川先生からのメッセージなのではないでしょうか?
最初にも書いた通り、この書籍のポイントは、タイトルにもある「一生涯の幸せを与える」という所だと思います。
このパラダイムを持つかどうかで教育は大きく変わってくると思います。
その子を何とか卒業させたい、問題を起こさせたくない、この行事を成功させたいと今の成功を目指して支援し続け、将来は自分で何もできなくなってしまう生徒を育てるのか
その子が卒業した後に生きていく力を身に付けさせたい、問題が起こった時に対処できるようになってほしい、行事に取り組むことで一緒に取り組んだ仲間との絆を深めてほしいと未来の幸せを願って、自立できる生徒を育てるのか
この差は大きいと思います。
何度も言いますが、ここの差は“一生涯”の幸せを願っているかです。
生徒の一生涯の幸せを願って教育するならば、教師は未来の社会(生徒が社会に出たとき)がどのような社会になっているのかという予測が立てられないといけません。
そのために、多くの本を読んだり、関連の情報を集めたり、そのことについて誰かと議論したりする必要があるんです。
多くの先生は、自分が就職した頃の社会を思い浮かべて教育をしている、または今の社会に出ることを目指して教育をしているのではないでしょうか?
しかし、いま教育している生徒が社会に出る頃には時代は大きく進んでいます。
時代は常に進んでいるという所を意識する必要があるのかもしれないですね。
また、思い出してほしいのですが、そしてこの本は『学び合い』について書かれていますが、メインは教科教育ではなく学級経営です。
正確に言えば、教科教育と学級経営を融合させた話が書いてあります。
それをあえて「学級経営」というタイトルにしているのは西川先生の意図的な所なのかなぁと考えつつも、それでも『学び合い』書籍のタイトルに学級経営という言葉が使われているのはこの書籍唯一の新鮮な所だったと感じています。
今回の本は、先生の今までの『学び合い』関連の総集編といった印象を受けました。
ベストアルバムとでもいいましょうか。
『学び合い』に興味があるという人には、方法論が書かれたスタートブックやステップアップ、『学び合い』入門よりもさきにこっちを読んでもらいたいですね。