「面白い授業」という言葉は教師の主観であって

これまで研究授業を見に行ったり、いろんな方の授業を見たりして、「これ面白い実践やなぁ」とか、「これ面白い教材やなぁ」とか思ったことが多くあります。



そういった授業はやっぱり「自分も真似したい」と思うようになります。



でも、上手くいかないことも多いです。



面白いと思っても実践までしないパターンもあると思います。



その理由としてよく耳にするのが「あの先生だからできる」とか「あの生徒だからできる」とかそういった意見です。





でも、上手くいかない理由ってそこじゃないと思うんです。





最初に「面白い○○」という言葉を使いましたが、その面白いという言葉の主語は自分ですよね。



自分が面白いと思ったものを生徒が同じように面白いと思うかと聞かれるとそれは、否だと思います。






そもそも教員って、まじめな先生方が多いですよね。



生徒に教科の魅力を伝えたい、面白いと思ってもらえる授業をしたい。



そう思っている時点で、授業に対する意識が高い側の人間なんです。





でも、生徒はそうじゃない子がたくさんいます。



別に跳び箱なんて飛べなくてもいいと思っている生徒、因数分解なんてできなくてもいいと思っている生徒、小説なんて興味がない生徒。



そんな子にいくらその教科の魅力を語っても届くはずありませんよね。






昨日、給食で納豆が出たんですが、僕って納豆大嫌いなんです。



過去3回挑戦したことがあったのですが、3回とも見事に食べた瞬間戻しました。



そのぐらい嫌いなんです。



そんな僕に、いくら納豆の栄養とかおいしいところとかを説明したとて納豆を食べようと思うことはないわけです。






ただ、「ちょっとだけ食ってみろって・・・(笑)」って感じで友達に茶化されながら言われると、ノリで食べてみようってなる可能性はありますよね。



僕が授業でやりたいことってこういうことなんですよね。






今も体育の授業の多くの時間を(50分中の40分)生徒に自由に活動してもらっています。



そういった時間でなかなか挑戦できない生徒ももちろんいます。



ただ、そういった子に対して「一緒にやろうよ」と声をかけてくれる子もいます。



そんなやりとりのおかげで、40分の中で1回だけ技に挑戦してみる子もいました。



40分中1回だったとしても、その子にとっては大きな1回だと思います。



僕がいくら体育の単元について魅力を語ってもその子を1回も飛ばせることはできなかったと思います。



しかし、生徒同士の関わり合いの中で、技に挑戦してみるという大きなハードルを乗り越えたわけです。



友達ってすごんだなと改めて感じました。



その上で、「友達と一緒ならちょっと楽しいかも・・・」となれば最高なんですが、そこまで行くにはもう一つハードルがあります。



そこを乗り越えるための生徒の動きに期待して語り掛けたり、声掛けをしたりするのが僕の仕事だと思っています。






ちょっと長くなってしまいましたが、いくら教師が面白いと思った実践があったとしても、それは所詮教師の主観でしかなくて、生徒にとって面白いかどうかはまた別の話だということを僕ら教師は心得ておくべきです。



僕は面白い実践よりも、生徒同士、友達の力というものを信じて彼らに活動を任せてみる事にします。