優秀な子どもより自立した大人

学校に通っている子どもが優等生と呼ばれるにはどうしたらいいのでしょうか?

いい成績をとる、積極的にリーダーに申し出る、問題行動を起こさない、ルールを守る。

こんな感じの子どもでしょうか?こんな生徒がいたらきっと間違いなく優等生と呼ばれるでしょう。

 

しかし、そんな優等生のいわばいい子ちゃんは社会で活躍できるのでしょうか?答えはNOだと思います。

もちろん、全員がNOだとは言えません。いい子ちゃん、エリート街道を突っ走って弁護士になる人、中には国家公務員になる人だっていると思います。

しかし、そんな人はエリート中のエリートであるほんの一握りであり、他のいい子ちゃんたちは社会で取り残されることになってしまいます。

 

先ほど挙げた優等生の条件というのは、言い換えると先生の言うことを忠実に聞き、先生に気に入られる人の事を言うのではないでしょうか?しかし、言うことを聞くだけの人であればそれはすでに社会で必要とされる人ではなくなっています。

言うことを忠実に聞くのは人間よりAIの方がはるかに優秀だからです。

いくら優等生だからって、記憶力とか処理速度とかそういったことでAIに勝る人はこの世に存在しません。人間を雇っていると人件費がかかってしまいますが、AIであれば初期投資とあとの維持費しかかかりません。

だから、企業にとって言うことを聞くだけの優等生を採用するメリットが無くなっているんです。

 

最近は、バブル期にできた終身雇用・年功序列といった制度もだんだんと崩壊してきています。結果に関わらずただ長く働くだけで給料が上がっていき、更に定年まで就職が保証されているといったこの制度は普通じゃありませんよね。

教員のように結果が目に見えて分かりにくい職業もあるかもしれませんが、それでもこの制度は正常ではないと思います。

それに気づき始めた企業が次々と終身雇用・年功序列を廃止し始めているんです。

 

では、結果を出せる人というのはどういった人なんでしょうか。


言うことを聞くだけじゃなくて、言われたことに問題意識を置いて主体的に解決できる人。

問題を解決する人じゃなくて、問題を見つけることができる人。

問題を起こさないようにする人ではなく、問題を見つけ出すために積極的に行動できる人。


こんな人が結果を出せるのではないでしょう?

 

最近求められている主体性とか、積極性とか、創造性とかはこういった理由があるんですね。

 

こんな時代で本当に求められている教育というのは、言うことを忠実に聞く優秀な子どもではなく、主体的に何かを想像できる自立した大人です。