『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』を読み直してみた

山口周さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』を読みました。1度読んだことがある本なのですが、ふと目に入ったので読み直しました。

 

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山口周さんは、論理・理性に基づく考え方の事を「サイエンス」、直感・感性に基づく考え方の事を「アート」、経験に基づく考え方の事を「クラフト」と表現しています。そして、この3つをバランスよく組み合わせることの重要性を示しています。

 

しかし、「サイエンス」と「クラフト」に偏り、「アート」がないがしろになってしまっている企業が多いことを指摘しています。

 

論理や理論を積み上げることによってより正解に近いものを創造し、経験によって積み上げてきたものと議論させることでよりよいものができそうだなぁというのは僕も生産的だなぁと思うのですが、なぜここに感性や直感が必要になるのでしょうか?

 

その答えを山口さんは、「正解のコモディティ化」という言葉で表しています。つまり、正解がありふれたものになってしまっているということです。

 

さて、それはどういうことなのでしょうか?今まで多くの企業がマーケティングなどの「サイエンス」と「クラフト」を駆使し、正解に近い商品やサービスを作り上げてきました。しかし、みんなが論理や理論を積み上げてしまうと、やがてそのゴールは同じところにいきついてしまいます。

 

その結果、みんな同じようなものになってしまい、結局価格競争で戦うことになってしまうといったレッドオーシャンに飛び込んでしまうことになるのです。

 

さらにそこに、論理や理論が得意なAIが参入してしまうと・・・なんとも恐ろしい未来しか見えませんよね。

 

また、論理や理論だけで構築した乾ききったようなものには人間は魅力を感じません。なんでもすぐに簡単に手に入るようになった世の中で人々が欲しているのは、ズバリ自己実現。そんな人の欲求を満たしてくれるような、ワクワクするようなものを現代の人は望んでいるのです。

 

そこで必要になってくるのが「アート」、つまり感性や感覚になってくるわけです。そして、人々が求めているのは正解ではなくストーリーや世界観です。

 

例えば、パソコンで言えばMac信者が多く存在します。最近のパソコンは高スペックなものばかりで、どれを選んでも大きな差はないといった感じ。むしろwindowsが初期で入っていないMacは不利に感じるのにも関わらずMacは売れ続けます。その理由はストーリーや世界観にあると思います。

 

「スタバでMac開いてる俺、イケてるよね」

 

ってやつです。そういったストーリーや世界観は論理や理論を積み重ねて作り上げられるものではなく、人間の感性や直感によって作り上げられるものだと思います。ひとはどういったものにワクワクするのか、どういったものに魅力を感じるのか、どういったものによって自己実現を成し遂げるのか。その感覚を磨くためにも、エリートは美意識を鍛えるんですね。

 

ただ、「アート」だけに頼ってしまえばそれはただの博打になってしまいます。自分の好きなことだけをやっているのは商品やサービスではなくただの作品ですよね。

 

「こんなのワクワクしない?」といったアイデアに対して「それは○○だから・・・」とか「それは今までこんなことがあったから・・・」と修正をかけるような働きかけ生まれ、初めて人々の自己実現をかなえるものが生れるんです。

 

特に、VUCAと呼ばれる不明瞭で不透明な世の中では、世の中の正解は常に変化していきます。そんな中で論理や理論、経験にばかり頼っていては、世の中に置いて行かれることは目に見えています

 

 

人々がワクワクするようなものを創造し、変化の速い世の中に置いて行かれないためにも美意識を鍛える必要がある。

 

そんなことを再確認することができました。