いくつかの結果より、1つのトラブルの方が印象にのこる

昨日、できる事をできる範囲で、という話をしましたが、やっぱり僕は僕が教えることによって何かを学んでもらう事よりも、子ども同士で何かに気付いて成長していく過程の方が大事だと思っています。

 

子ども同士でたくさんの事に気付き、失敗し、乗り越えることによって社会に出たときに必要な何かを掴む。それが学校にわざわざ集まって教育を受けるという事の意義だと思っています。

 

まぁだから教育を受けるという表現がそもそも好きじゃありませんし、運動能力を上げたければ本当は学校+別の体操クラブとかそういった所に通ったらいいと思う。そっちの方が僕の授業なんかより断然優秀な指導ができる人がいますから。

 

でも、それよりも大事なことは、教員として1年間生き残るという事だと思います。

 

学校にわざわざ集まるからこそやるべきことをやろうと思っているのですが、授業の中で生徒のトラブルが完結しなかったり(まぁそりゃしないのですが、、、)、それにより他の先生方に迷惑が掛かってしまったりだとかで、なかなか自分の思うように授業ができません。

 

 

そんな葛藤の中、毎日授業をしています。

 

 

今の職場の先生方は本当にいい方ばかりで、授業も素晴らしい方ばかりで、新任の自分の意見を聞いていただきたり、多少のわがままやミスも許してもらったりと本当にいい環境で働かせていただいています。

 

そんな職場でも、こうして段々とやりたいことから離れていく感じがする。折り合いをつけながら、いい塩梅でしたたかにやろうと思っても、この先どこかで1つの授業のレベルで勝負してしまうような未来が見えてしまう。

 

どんどんちっちゃく、ちっちゃくなってしまっていっている。

 

いくつかの成功よりも、1つのトラブルの方が威力が大きいんだなという事を実感しました。多少のトラブルはあろうとも、子どもは結果残してるのになぁ。