できることを、できる範囲でやるしかない。

1年生の陸上競技で、リレーを4時間だけやっています。

 

1時間目にリレーのルールの確認や、最初のタイム測定などを行い、そのタイムを全チームが2秒以上縮めるというミッションで、2時間目3時間目を彼らに任せました。

 

2時間目、彼らは思い思いに話し合いや練習を行い、その時間の最後に練習試合をしていました。

 

本日がその3時間目。彼らは2時間目と同じような時間の使い方をしていました。違ったのは最後の練習試合の時間。

 

「試合やるよー」と誘っている生徒がいる中、「私たちやらない!」という生徒が出てきました。そういったチームが出てきたことから、「え、じゃー私たちもやりたくない」と、試合に参加するはずのチームの何人かも走らない事に。

 

「先生、練習って強制で参加しなくてもいいんですか?」と聞いてきた生徒がいたのですが、もちろん僕は何も言っていないので、「みんなで上手にやってねー」と彼らに伝えました。

 

すると、試合をするつもりだった、というかするのが当たり前だと思っていた生徒の一人がだんだんとイライラし始めます。

 

一山ありそうな予感。

 

こういったトラブルを彼ら自身で解決することは絶対に彼らのためになると思ったので、止めることなく時間まで自由に続けさせました。

 

授業の最後に集合した時に

「部活動でも練習試合をしたくないチームに向かって無理やり試合をさせる事って考えられへんやんな?もちろん、やりたくない人も

チームの事を考えたらちょっとだけ我慢して参加するべきやったかも知らん。その辺り、みんながちょっとずつ我慢したり、折り合いをつけながらできると良かったと思います。」

といった感じの語りをして授業が終わりました。

 

その後、支援員の先生が僕の所に来て「あれはどうなったら正解だったんですか?」と聞かれたので、どのような形になるかではなくて、みんなが納得する形で活動ができるように折り合いがつけれるようになるのがいいと思うんですけどねと答えました。

 

その後、他の何人かの先生を交えて軽く雑談をしました。

 

「その活動は、体育としての活動時間が短くなってしまっていない?」

「その授業の中で完結するならいいけど、授業が終わってからももめ事が終わらないと、他の授業に影響がでてしまうのではないか?」

 

そういった話が出てきました。

 

もちろん、クラスの生徒指導の主体は担任の先生であるし、チーム学校と言われている通り、僕一人の考えで教育はできない。でも、やっぱり僕は授業で育みたいのは体育の技能とかそういう所よりも、子どもがいかに社会に進出した時に生き残れる能力です。

 

でも、やっぱり現状はそこにも限界があるんじゃないかと最近感じるようになりました。ただ、そういって何もしないで無難にこなすのも違う。できる事を、できる範囲でやるしかない。