見る=評価

昨日スポーツ用品店で働いていたら、店長さんに

「え、それニューバランスの1400だよね?いい靴はいてるね!!!」

って言われました。

 

僕ってちょっとだけ靴が好きで、何足かいい靴を持っています。その中でもお店がニューバランスフェアをやっていることもあり、気分的にいつもアルバイトの時にはあまり履いていかないニューバランスの1400って靴を履いていきました。

 

まぁ一見普通のニューバランスの靴なんですが、自分で言うのもなんですがまぁまぁいい靴なんです。大学の卒業祝いで自分で買っちゃいました。

 

まぁでもスニーカーに詳しい人ばっかりではないのでなかば自己満で履いているのですが、いざ触れられるとやっぱりうれしい。

 

 

上越教育大学の水落先生が西川研究室のゼミ生だった時に、西川先生に「評価ってなんですか?」と質問したそうです。その時の西川先生の回答は「見る事」だったそうです。

 

人間の最大の評価とは見る事。昨日の僕の場合でも、そのニューバランスの靴を見てくれている人がいるんだ!と分かるだけでやっぱりうれしかったです。

 

その逆もしかりで、人間にとって一番つらいのは見られない事。まぁ今回の靴は自己満足で履いているというのもあるので置いといて、誰にも見られない事ってやっぱりつらいです。けなされるよりも。

 

 

教育に関してもこの「見る」というのは非常に大事なことで、先生に見てもらえているというだけで子どもは嬉しかったりします。もちろん、見られていないことはその逆の感情になります。

 

また、人によってどのくらい見ているかという注目のレベルが変わってくると、やがて注目レベルが低い子どもは嫉妬してしまったりふてくされてしまったりしてしまいます。

 

全員に対して注目を均等にすることなんて不可能だし、先生も人間なんだから苦手な子どもがいたって仕方ありません。

 

でも、やはりこの見るという行為は教育にとって最も重要なものの一つなので、現場に出たときは意識して使っていこうと思います。