公立の学校はたまたま同じ地域・年に生まれた人が集まる箱

先日の「みんなde『学び合い』フォーラム」では、学校の価値や、もっと言えば学校は必要か?というところを考えさせれられました。

 

 

 

学校って何のためにあるのか?

 

 

 

フォーラムの中では

 

「自律的学習者の育成」

 

という言葉が多く出てきました。

 

 

最近よく言われますが、社会に出て上司に言われることを従順にこなしておけば成功するような工業社会はもう終わりました。

 

時代は「超スマート社会」と呼ばれるようになり、この前の記事で「乾けない世代」という話も出しましたが、この世代の人々は世の中だいたいのものは望めばすぐに手に入ってします時代です。

 

課題と言う課題も上司から言い渡されるよりは自分で見つけ出す必要があります。

 

見つけた課題も、きっと答えが無いようなものが多いでしょう。

 

それを解決するためには、もちろん自分の発想力も必要ですが、誰かを頼る力、つまり最近よく言っている「助けを求める力」が必要となります。

 

 

 

課題を自分で見つけ出し、自分で解決の方法を見出し、分からなければ自分から助けを求めないといけない社会。

 

そんな社会で生きていく子どもたちを育てるには"自分から”なにかをする必要があります。

 

つまり、自律的学習者の育成が必要だという事です。

 

 

 

対談をして下さった福島先生と大野先生のお話は非常にハイレベルだったので、まだまだ勉強不足の自分は理解が追い付かないところも多くありましたが、「自律的学習者の育成」は本当に必要なことだなと思いました。

 

 

 

さて、次に公立の学校に限った話をします。

 

 

 

知識の獲得は塾やネットでもできる時代です。

 

スポーツに関しても別に学校外のクラブで出来ますし、、、

 

 

 

じゃあ学校でやるべきことって何でしょうか?

 

 

 

学校でしかできないこと、それは

 

多くの仲間が集まって何かに向かって協働するという経験です。

 

 

公立に限って言えば、たまたま同じ地域に生まれ、たまたま同じ年に生まれたってだけで集まってくる箱が公立の学校です。

 

ということは、決して同じ考えの仲間が集まってくるわけではありません。

 

違った考えの仲間とも協働することになります。

 

 

 

でも、これってすごく役立つもので、例えば自分がパソコンが分からないとして、「これどうやったらいいん?」って聞ける仲間もがいなければその課題はクリアすることは難しいです。


マニュアルも複雑ですしね、、、

 



多様な仲間とが存在する集団で協働すれば

 

 

この人はこれが得意だ



ということがわかり



 

この人はこれが苦手だから助けてあげよう

 

 

という経験をすることが出来ます。

 

 

これって「超スマート社会」でも必要な力だと思いませんか?

 

 

 

また、そんな経験をすることも大切かもしれませんが、何よりそうやって助け合える仲間が地元にできるという事は非常にいいことだと思います。

 

会社の中で助けを求めにくければ、その地元の仲間に助けを求めればいいのですから。

 

なにより、そうやって地元にたくさんの仲間ができれば、地元に残って何かがしたいと思う人も増え、地域の活性化にもつながると思います。

 

 

 

学校はもはや知識やスキルを獲得するだけでは外部の教育機関に負けてしまいます。

 

でも、こうやって地元の仲間が集まったり、公教育であればお金の面も他と比べれば安価で済ませることが出来ます。

 

 

 

皆さんも、「学校で多様な人々が集まってやるからこそできることはなにか?」と言う視点で、もう一度学校の価値や存在意義について考えてみてはいかがでしょうか?