『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』を読んで

明日、新潟県の教員採用試験の筆記試験があります。僕の大学院時代の仲間や後輩、同僚の先生にも受ける人がいます。新潟だけでなく、静岡や浜松で試験を受ける仲間も今日、明日で試験だったはず。頑張れーーー!

 

僕はというと、先週一足先に筆記試験を終えています。神戸市の一次試験は筆記試験と集団面接があり、筆記試験は大きく「一般・教職教養」と「専門教養」の2つに分かれています。点数化されるのは「専門教養」と「集団討論」のみで、「一般・教職教養」である程度点数が取れていないと集団面接も受けられないというシステム。「一般・教職教養」は0.5次試験という事なのでしょうか。

 

昨日その0.5次試験の結果が出て何とか合格することができていたので、後日行われる集団面接試験を受けることができます。緊張するなぁ、、、。

 

とはいえ、筆記試験の勉強から解放された僕は、朝の勉強の時間にずっと読みたかった本を読んでいます。その本がこちら。

 

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ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代 アダム・グラント https://www.amazon.co.jp/dp/B01GPGQPBA/ref=cm_sw_r_tw_dp_63BESQESV4GZXWFEG6Y5

 

僕が今まで読んだ書籍の中でも特に好きな『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』の著者であるアダム・グラントさんが執筆した書籍です。

 

結構前に後輩に借りた本なのですが、やっと読んでいます。ごめんな、もうすぐ返すな・・・。

 

どんな人が創造的・独創的な人になれるか、どうやって独創的なものを生み出すのか、オリジナルな人はどうやって人々と協働していくのか、そんなことが書かれています。

 

要約した動画もYoutubeにありますので、気が向いた方はリンクの20分程度の動画をご覧ください。僕はこういった動画を2倍速で流したものを聞きながら通勤したりします。

 

www.youtube.com

 

 

この本の中に、「元アンチが説得する上では力を発揮する」ということが書かれていました。これは、西川先生も同じような事をおっしゃっていたので再確認といった感じですね。

 

世の中の人は、新しいもの大好きなイノベーター(革新者)、イノベーターほどではないけどこれからはやりそうなものを積極的に採用するアーリーアダプター(初期採用者)、新しいものの採用に慎重なアーリーマジョリティー(前期追随者)、新しいものの採用に消極的なレイトマジョリティ(後期追随者)、最も保守的なラガード(遅滞者)の5つのタイプに分けることができます。

 

世の中で何かを急速に流行らせたければより下位層の人を動かす必要があるのですが、この中でより強い影響を及ぼすのも下位層の人なんです。つまり、イノベーターの人よりも、アーリーアダプターやアーリーマジョリティーの人が説得する方が、下位層の人にはより影響を及ぼすらしいです。

 

確かに、何かにより精通したひとや新しいものにより早く飛びつく人がいう「一緒にやってみましょうよ!」は、「いや、あなただからできるんでしょ・・・」と感じちゃいそうですが、自分に近しい人に言われるなら「あの人が言うならやってみようかな」となる可能性は高そうですよね。

 

「元アンチ・・・」の文脈ではその事を思い出すきっかけになりました。

 

 

学校教育におけるGIGAスクールや『学び合い』についても同じことが言えると思います。

 

大学院時代の学校支援プロジェクトで『学び合い』をやったとき、生徒同士で寝ている生徒を起こして、課題に取り組ませるといった姿が見られたのですが、それを見ていた連携校の先生は「すごいですね!でも、私には・・・」といった事をおっしゃっていた事は僕の記憶に鮮明に残っています。

 

また、僕の学校の中の情報担当の先生は、ICTの活用に魅力を感じていて、何なら楽しんでやっているといった感じの方です。その方が研修会を開いてくださったのですが、なかなか使おうとする方が現れません。「いやぁ、○○先生すごいなぁ。でも自分は・・・」といった雰囲気が流れています。

 

しかし、最近は学校評価Googleフォームを使ってやってみようと教務主任の先生が一生懸命取り組んでいます。これが成功すればきっと他の先生方も、「あ、あの人がやってるなら僕もやってみようかな」と思う方も出てくるんじゃないかなと思いました。

 

 

 

 

この本や実際の経験からも、何かを広げるためには自分が広げる事も必要なのですが、それよりもいいなと思ってくれた方に「広げてくれませんか?」とお願いする事の方が大切なんじゃないかと思いました。

 

そのためにもまずは自分の活動やいいと思っていることを積極的に発信し、仲間を増やす事が必要だなと思いました。

結局先に生まれただけなんですよね

先に生まれただけの僕というドラマを見たという記事を投稿したのですが、大学院時代の友人が何人か反応してくれてちょっとテンションが上がりました。ゼミ室でドラマについて話したりしたかったなぁ、、、

 

まぁそんなことはさておき、今回はそのドラマについてです。

 

ドラマのタイトルは「先に生まれただけの僕」。“先”に“生”まれたと言っているように、先生のドラマです。

 

ただ、よくある学園青春コメディと言った感じではなく、民間の校長が学校の当たり前を疑い、生徒が大人社会で生き残っていくためには何が必要かという事を考えながら、学校を改革していくといったドラマです。

 

まぁ色々言ってしまうとネタバレになってしまう可能性はありますが、僕が特に共感できたのは、先生は所詮「生徒よりちょっとだけ先に生まれただけ」だという事、そして「生徒を子ども扱いしているといつまでたっても今までの方法から抜け出せない」ということです。

 

もちろん、先に生まれ、生徒よりも長く生きているという事もあり、生徒が卒業した後にどんなことを経験していくのかとか、大学がどんな所かとかそういうのは知ってます。経験してますから。

 

ただ、だからと言って先生だとはいえ完璧な人間なんか1人もいません。まして僕なんかまだ24歳。教えている子どもより10年ぐらい長く生きているだけです。

 

だからって、偉そうに教育するのは違うなぁって思うんですよね。子どもの方が優れている事なんていくらでもあるし、特にICTの使い方なんか子どもは抜群に上手なんですよ。

 

それを先生が管理してしまうと、せっかくの子どものいいところが殺されてしまいます。

 

子どもの有能さを信じる事と、「先に生まれただけだ!」と自分を無能だと思う事はまた違うと思いますが、先生だからと言って偉い訳ではないんやぞってことは心にとどめておこうと思います。

 

先に生まれただけなんですから。

先に生まれただけの僕

先に生まれただけの僕というドラマを見ました。

 

www.ntv.co.jp

 

 

櫻井翔さん演じる、抜群の営業力のサラリーマンが赤字企業の立て直しに成功したが、彼を嫌っている専務彼を東京の私立高校の校長に命じました。いわば左遷です。その高校は偏差値44で2年連続で定員割れ。しかし、学校の教員は誰一人危機感を持っていませんでした。そんな中彼はビジネスで培ってきた理論で改革に取り掛かるのですが、「学校と社会は別だ!」と多くの先生の反発を買ってしまいます。でも、学校の常識から外れた視点から改革を進める事で段々と学校の経営が立てなおっていき・・・

 

 

というドラマです。このドラマ、『学び合い』的なセリフが結構出てくるんです。

 

 

生徒を子ども扱いしていると校長が目指している改革はできないとか、社会に出たら人間味のある人が生き残っていくとか、学力を伸ばすことはもちろんだが生徒を社会で生き残っていけるように育てないといけないだとか。

 

極めつけは、授業の改革についてです。主人公の校長先生は、学校の理念に合わない数学の先生をクビにしますが、なかなか数学の先生の非常勤講師が見つからないからと、数学の免許を持っているという事もあり自ら授業をします(まぁ、これはダメなんですが・・・)。しかし、教育実習でした授業をしたことが無い彼は、なかなか授業を作ることができません。

 

そんな彼が本屋さんで授業についての本を見ていると飛び込んできた言葉が"アクティブ・ラーニング"。そして彼が授業をしている所の画像がこちらです。

 

 

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見てください、この後ろのネームプレート。まさにですよね。

 

「皆さんの先生は皆さんの中にいます。皆さんよりちょっとできる子に聞くことで、その子は皆さんがどこで躓いているかが分かるんです。」

 

といったようなセリフもありました。

 

 

ドラマとしても面白いんですが、学校の先生の考え方がいかに凝り固まっているか、校長の権限でいかに学校を変えることができるかが分かるドラマになっていると思います。

 

そもそも、部活動とか学校の青春とかをメインにしてるドラマがほとんどの中、授業改革をはじめとする学校改革をする校長先生をメインにしているドラマっていうのも珍しいし、見る価値があるのではないかなと思います。

 

 

お時間あるかた、ぜひ見てみてください!

筆記試験終了

教員採用試験、筆記試験が終わりました。専門教養、気持ちいつもより難しかった気がするな、、、。


神戸市は、毎年一般教養は時事問題が多めです。今回も、緊急事態宣言の元となっている法律とか、新しい5000円札は誰かという問題が出ました。

普段から社会情勢をチェックしていたお陰で、自信をもって答えることができました。

時事問題は、採用試験のためではなく、生きていく上でも必ず必要になってきますので、これからも継続してチェックし続けたいと思います。



さて、次は自分がテストをする番か、、、

授業レベルの『学び合い』から抜けださないといけない

『学び合い』は、授業レベルの話ではなく、考え方である

 

という話をよく聞いたり、西川先生がおっしゃってたりします。これに関しては現場でも、それ以外の所でも感じることが多いです。

 

例えば、僕が大学院を修了する前の出来事。

 

西川研究室では、年を跨げばゼミ長が変わり、実質的には代替わりします。1つ上の先輩をはじめ、多くの先輩方はそこからは全体ゼミと呼ばれる、ゼミ生全員が集まって議題をこなしていくというものに来なくなります。

 

しかし、僕らの代は、1つ下のゼミ生の人数が少なかったという事もあり、かじ取りは後輩に任せたものの、卒業するまで全体ゼミに参加しました。

 

しかし、それが良くなかったようで。

 

「もっとこうすればいいのに・・・」とか「こうしたらもっとスムーズにゼミが進むのに・・・」とか思ったことをどんどん言ってしまった事で、結局かじ取りを任せることができていなかったんだと思います。

 

それによって、今のゼミのスタートを少し遅らせてしまった可能性がある。

 

 

結局今のゼミは、新しいM1を迎えて順調に進んでいるみたいですが、僕らは『学び合い』における「子どもたちは有能である」と信じる(今回は後輩と読み替える)事ができていませんでした。

 

こういった所で、まだまだ授業レベルの話から抜け出せていないんだなぁと気づきました。

 

 

それ以外にも、「多様な人と折り合いをつけて・・・」という学校観の所は結局僕が職場で働くうえで一番大事にしている所でもありますし、部活動の運営や生徒指導に関しても、結局『学び合い』の学校観と子ども観を軸に進めています。

 

 

要するに、この考え方は授業うんぬんの話ではなくて、社会で生きていく、集団を動かす上で大事な事だという事だと考えました。

 

 

とはいっても、まだまだ実践しきれていないのが現状です。

僕がブログ以外の場所でも発信を続ける理由

現場に入ってみてから分かる事がたくさんあります。GIGAスクール構想が実現しつつあるものの、教員側がなかなか使いこなす事ができない(生徒の方が使える)ことであったり、主体的・対話的で深い学びの事が学習指導要領に書かれた(法律になった)にも関わらず、まだまだ実践できずに苦しんでいる先生がいらっしゃったり。

 

文部科学省がいろんな通知を出したり、大学院の時にたくさん勉強したり研究したりしても、なかなかそこに現場がついていけていないことが現状です。もちろん、他の学校の事はわかりませんが、僕の勤務校の先生方は素晴らしい先生方ばかりで、勉強熱心な方ばかりです。にも関わらずなかなか進むことができないという事は、多くの学校ではそういった現状なのではないでしょうか?

 

そのために必要なのが、学校の先生が変化に対応できるような余裕を作る事、つまり働き方改革です。しかし、部活動の外部移行化もなかなか進んでいません。

 

また、変化に対応できないといけないのは教員だけではなく生徒も同じです。

 

今の子どもが大人になる頃に求められる人材は、総合的な教養がある人材ではなく即戦力になる人です。企業に就職してから人材を育てる余裕は企業にはないんですから。だから僕ら教員は本来、義務教育段階から将来設計を生徒にさせて、義務教育卒業の時にそこに向かった専門的な進路をおススメしないといけないのですが、実際は学力によって行ける普通科高校や総合高校をおススメしてしまっているところがほとんどだと思います。

 

 

現状がそのようになっている理由として一番大きいのは、「今までそうしてきたから」

「みんなそうしてるから」「それが一番安全だから」そういった理由だと思います。

 

大学院で、これからの社会がどうなるのかを学び、そこで通用する、幸せになるような生徒を育てるためにはどのような教育をすればいいのかを学んできたからこそ、今まで通りの教育や進路指導をし続けるのはもどかしい気持ちになります。

 

 

こういった現状を打破するには、現状の教育というイノベーションのジレンマから脱するしかなくて、ものすごく可能性のある破壊的イノベーション(総合型地域スポーツクラブとか、N高・N中のような広域通信制の学校とか)を発信・奨励して、変化のスピードを速めるしかないんだと思います。

 

きっと、その変化は本当の意味での"子どものため"や"教員の働き方改革"になるはず。

 

 

もちろん自分が成長するためであったり、感じたことを残すためであったりもするんですが、大学院時代に掲げられた"日本を変える"というミッションが、先生からのミッションではなく僕の中でのものに変わったという所が本質的なものなのかもしれません。

 

だからこそ、ちょっとグレーな投稿があったりもするかもしれませんが、僕はこういったことをブログだけでなく、TwitterFacebook等でも発信し続けます。

 

そして、こうやって考えてくださる方がちょっとでも増えればいいな。

高校の新しい選択肢

最近、バンタン高等学院などの、新しい形の学校について非常に興味を持っています。自分がやりたい事の専門的な教育を受けながら、高卒資格も取れる。更に、バンタン高等学院は下半期の繁忙期の採用に併せて、2.5学年制というものを取り入れ、秋から就職できるような仕組みを作っているそうです。

また、長期で有償のインターンシップも組み込まれているそうです。ドイツのデュアルシステムみたいなもんですかね。

本当にいいなぁと思いました。

そのことを、同僚の先生に話をしてみました。すると、こんなことを話されていました。

「そこにいった生徒を見たことがあるけど、文科省の認定を受けていない学校なんてうさん臭くておススメできなかったなぁ・・・」

うーん、やっぱりそう考える方が多数派なんですね、、、。

ただ、やっぱり内容を見ていると、非常に魅力的な選択肢だなと思いました。こういった生徒や保護者が出てくるのもきっと時間の問題です。

進路や進学に対する流れを変えるのは、結局先生じゃなくて生徒や保護者だと思っています。どれだけ先生が魅力的な授業をしたとしても、それを魅力的かどうかを判断するのも教員同士ではなく生徒や保護者です。おそらく、だんだんとそっちに流れていくんじゃないかなぁと思っています。

その流れに対して僕ができることは、流れを止めることではなく、変える事でもなく速める事。そのためにできることは、同僚の先生を変えるのではなく、生徒や保護者にそういった情報を与える事。

学級担任の先生の方針を無視することはできませんので、勤務校ではなくこうしてSNSで発信することで興味をもって下さった先生が、その生徒や保護者に伝えることなどで有益な情報を発信し続ける事が僕にとってできることだと思います。

多くの生徒や保護者のためにも、ご興味をもっている先生は、まずは資料を請求してみて、「これはいい!」と感じれば、ぜひSNS等で発信したり、余裕がある方は勤務校の保護者や生徒に情報を伝えたりしていただければなと思います。